ソノマの暮らしブログ

カリフォルニア州ソノマに住んで25年。第二の故郷と決めた美しいワインカントリーで、ワインを追いかけて暮らしています。

ローマ教皇訪米

ソノマは毎日良い天気です。心なし秋の風を感じます。

266代目ローマ教皇、フランシスが初めてアメリカを訪問。24時間ケーブルTVはずうっと訪問行事を報道し続けています。

この様子を見ても、アメリカにとってローマ教皇の訪問は大イベントであることがわかります。

フランシス ローマ教皇は今までのローマ教皇とちょっと毛色が違うようですね。アルゼンチン生まれであること、貧困層に関心を注いでいられること、それも話されるだけではなくて、行動に移される方のようです。アルゼンチンでは貧困街に毎週バスで通って世話をしていたといいます。

オバマ大統領がローマで会見した際にキューバとの国交復活を提案されたとか。今回もキューバを訪問してからアメリカへ来られました。

私は仏経を信じていますが、どの宗教も認めます。ただ宗教のために人々を殺すのは絶対にやめてほしいと思ってます。人を救うための宗教なのに、信じる宗教が違うという理由で戦争をしたり、大殺戮を繰り返すのは、本当に信じられないことです。

世界に多くの偉大な宗教家が存在します。フランシスローマ教皇は世界の弱い者への援護、環境保護の支持など、ご自分の意見をきちんと話される偉大な宗教家だと思います。中絶、同性婚には、反対されていますが、アメリカの一部の信者のように、それを理由に阻害しようとはしません。

今回のアメリカ訪問で、アメリカのカトリック教会の方は、どこか変わるのかしらと、興味深いです。

信者の方には、不謹慎なお話かもしれないので、初めに謝っておきます。

娘が5歳の時にキャンピングカーでヨーロッパを1ヶ月にわたって回りました。フランスのワイン産地の小さな村の入り口には、必ずキリストが十字架に架けられている白い像(時にはお顔だけ)が設置されています。そして額、両手と足の甲に釘が刺され赤い血が流れている像なのです。白に赤、強烈で生々しくて怖かったです。

スペインの海辺の町でこじんまりとした美術館に行ったときのことです。ここでもまたキリストが十字架に架けられている絵や像がふんだんとありました。スペインは敬虔なカトリックの国ですから当然です。

「ママ、この男の人に何が起こったの?」と娘が聞きました。そりゃそうですね、どこへ行っても見るのですから。

こりゃ、きちんと説明しなくちゃいけないな。でも信じてるわけじゃないから、どう説明したものか、、、と考え込んでると、次にお釈迦(仏?)の像の前で

「ママ、この人は男なの?女なの?」ときた。

胸は少しふっくらしてるし、本当にどちらにも見える像でした。

いまは少し勉強して、「男でも女でもないよ」いえるけれど、あの時は返事に困りました。笑

どの宗教のどこが違うかっていうことよりも、世界の人々がどうしたら幸せになれるかという議論をしたいものです。

 

ローマ教皇フランシスの写真はウィキペデイアのを使わせていただきました。

 
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アメリカは本当に複雑な国

97歳の父親と2週間半を一緒に過ごして、ソノマへ帰ってきました。札幌の蒸し暑いこと!ほとんど切れそうでした。

 

毎日、青い空のソノマへ帰り、我が家でほっと一息ついてテレビをつけると、「警察官が銃で撃たれて即死」のニュース。犯人は精神的に不安定な黒人。精神不安定の人たちが適切な医療処置を受けられず、社会に放置されています。これも突っ込んでいけば18歳以上は成人として扱われるから、強制できない法律があるし、、、医療費を払うことが出来ない貧困層がたくさん存在するし、、、それは複雑。

 

その次は同姓婚が合法になったにもかかわらず、ケンタッキーで結婚を認定する役目の州の職員が認定する署名を拒否して、裁判官が刑務所(多分拘置所)へ入れる命令を出しました。キム・デイヴィス(49歳)という女性は聖書に書かれている結婚は男女の間でのみ認められるという彼女が信じる宗教観に反するから署名できないというもの。

 

宗教の自由と同姓婚の権利がぶつかっているのです。

彼女をサポートする人たちが小さな町に5000人も集まって、子供たちの安全を守るために学校を休校にしたり、保守派の大統領選挙の候補が応援に駆けつけて、この問題を政治に利用したりと、それは複雑。

6日間の拘置所から出てきた彼女の今後の動きは、、、裁判官は法律に反して、再び同姓婚認定を拒否したり阻害したら、再度拘置所へ戻すといっています。

 

常識的に考えたら、彼女が辞職するか解雇って思うけれど、解雇は宗教の自由を認めないことになるから出来ないし、彼女は辞めないとがんばってるし、他人事だから、遠くから見ているだけだけれど、これを解決しなくちゃならない関係者たちは大変だと思うな。

日本でも二人の中学生が殺されてた哀しいニュースが流れていましたが、殺人事件の件数は減っているというコメンテーターの声もありました。

憲法改正が起きるかもしれないという不安など、いろいろありますが、それでもほぼ単一民族の国で、その価値観もそれほど大きく違うことがない人たちが住んでいる、日本という国は安全で平和な国だと覆います。

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ウンブリア地方とアドリア海

今回のイタリア行きは、長年のワイン関係の友人であるベルギー人のアニカとマークにローマで落ち合って、レンタカーでウンブリア地方を通過してアドリア海まで行く旅です。

 

再会のハグをして、早速ドライブ。2時間ほど走って、途中でランチの時間をとり、それから中世期の町、ノルシアまで行く予定です。

ビール、エスプレッソ、トイレタイムでチブロンという町に寄った時のこと。

相棒がイタリアは思ったよりキャッシュベースなので、ユーロを少し手に入れたいからと、駐車場へ戻る途中で銀行の外にATMがあるのをみつけて、早速カードを挿入。ボタンを押しているうちに彼のカードが取られてしまったのです。まるでコメディの世界。銀行の中に入って説明、パスポートを見せたり、いろいろ手間取って、銀行員自らが機械を操作したけれど、ユーロは出てこなくて、ダメージを受けたカードをもらって退散。

 

こんなの初めてで、愉快でもあり、不可思議でもあり、、、。そのカードは旅行中は使えなくなってしまいました。

その後は、小さな町はやめて、多少大きめの町で他のカードを使ったら、これは大丈夫。

クロトリュフと猪のサラミ、キノコの産地でもある紀元前にできたというノルシアの町に無事到着。暑いのなんのって、、、。

古いけれどきちんと維持されているホテル。冷房も効いてました。この辺りの嬉しい習慣はアルコール飲料を頼むと、必ず、かなりの量のおつまみ、サラミであったり、モッツレラ・チースにトマトであったり、ナッツにチップだったりと付いてくるところ。小食の方ならこれを食べているだけで夕食はいらない。(笑)

翌日はアドリア海に面するビーチタウン、セニガリアに向かって出発。

途中でレンズマメの産地というそれは小さな村、ステルチアに寄りました。平地(盆地)は一面、野菜とレンズマメの畑。この豆の花は紫色で、綺麗でした。

途中で羊の群れが道路を横切って、しばらく彼達が通過するまでのんびり羊鑑賞。

畑は平地、家々は丘の上の岩肌にへばりつくように立っています。人々は清潔にきちんと暮らしている様子です。私達が家の前を通ったら、洗濯物を干しながらニッコリと挨拶してくれました。

セニガリアに到着。この辺りのビーチでの楽しみ方はカリフォルニアとは全く違ってて、コンセプトは日本の海水浴に近いかも。海辺にパラソルが何百と整然と並んでいて、訪問客はレンタルするらしい。パラソルの後ろにバーやレストランやコーヒーショップがズラリと並んでいます。一日中、海岸で過ごすんですね。

実は私の誕生日だったので、マークが星二つの魚介類専門の素敵なレストランを予約してくれました。床が真っ赤なのが印象的。私のリクエストで、イタリアのワイン、できるなら地元のワインを選んでもらって、さっぱりした白ワインを楽しみました。

ウンブリア地方のワイナリー訪問に向かう途中で一泊した町はローマが出来る前に生まれていたという町アスコリ・ピセノ。旧市街を取り囲んでモダンな街並みもあるのだけれど、私達は旧市街の古いホテルに滞在。

プラザにたくさんの人々が集まってきます。夕食前に一杯後、みんな消えていくのです。この町に住んでいるマークの友人がこれから家に帰って夕食をして、また夜になるとみんな出てくるんですよと説明してくれました。

夕涼みの一杯を楽しみながら、若者達を観察。大学は近辺にないので若者のほとんどが高校生。金曜日の夜とあって、カジュアルにでもクールに決めた男女、あるいは男だけで歩いてきて、古い厳かな劇場の階段に座っています。どこの若者も同じでそこで男女の駆け引きが行われているのです。それを楽しく眺めてる私は、おばさん。苦笑。

気の遠くなるように長ーい歴史と習慣、伝統と共に、人々は暮らしています。

パスタとコーヒーが美味しかった。海岸地方のレストランでは、crudoと呼ぶ一品(刺身をオリーブオイルでいただく)がメニューに載っているので驚きました。猛暑のため、室温で出てくるのがちょっと恐ろしかったですが、確かに新鮮ではありました。マークとアニカは,嬉々として食べてました。

各町について数回に分けて詳しく書きたかったのですが、明日から実家へ帰るので、はしょって、しかも長くなってしまいました。

 
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