ソノマの暮らしブログ

カリフォルニア州ソノマに住んで25年。第二の故郷と決めた美しいワインカントリーで、ワインを追いかけて暮らしています。

もうすぐクリスマス

今年のソノマの市役所のイルネーションは、ことのほか華やかです。

 

今年はツーリストの数が圧倒的に増えました。週末はプラザをゆったりと歩く人でいっぱい。駐車場がなかなか見つかりません。

アメリカの景気が良くなってきたこと、ガソリンが安くなったことも理由かなと思います。

 

ソノマ市もその恩恵を受けて、予算に余裕ができたのでしょう。例年になく電飾をたくさん飾ってホリデーシーズンのムードを盛り上げています。

 

ディナーを楽しんだ後に電飾で彩られたプラザの公園の並木道のそぞろ歩きを楽しむツーリストたちも幸せそうです。

 

 

 

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ワインが人生を豊かにしてくれたました

ワインが人生を豊かにしてくれたました。

カリフォルニアワインが大好きな(ありがたいです!)日本からのお客様をワイナリーにご案内させていただいた。今年で5回目になる。最初の頃は毎年、ここ数回は1年おきに文字通りワインの買い出しに来られるから、ご夫妻はカリフォルニアワインを飲みはじめて、かれこれ10年になると思う。

この方がカリフォルニアワインを飲まれる量(買う量)は半端じゃない。奥様と毎日一本飲んでいらっしゃる。

ご主人のお話しを聞いて、ほのぼの。

「カリフォルニアワインに出会うまでは、夕食には日本酒を飲んでました。奥さんは日本酒を飲まないから、いつも寂しく一人で飲んでたんです。

あるきっかけからカリフォルニアワインを飲むようになったら、彼女も一緒に飲むようになって、二人で話す時間ができて夕食が大変楽しくなりました。

奥さんが作ってくれる夕食を見て、さて、これにはどのワインを合わせようかと、それも楽しくなってね。夕食が楽しみで、仕事が終わったら、すぐ帰って来るんです。その日の料理に合わないワインを選ぶと、奥さんにピシッと「あわない!」って言われるんだよ。我が家のソムリエとしては、楽しくも緊張するときでもあるわけ。

だからこうして一緒にカリフォルニアワインを買いに来て、彼女の意見と希望も取り入れて買うのがとっても楽しい。

ワインを一緒に飲むようになって、大げさじゃなくて、人生が豊かになったよ。カリフォルニアワインに感謝してます。それに海外のお客さんがいらしたときも、ワインを通していろいろと話ができて楽しい。ナパとソノマのレストランやワイナリーのセラーをいろいろ観察して、家にも800本入るセラーも作りました」

今年は、少しだけ買い方を変えられた。1ワイナリーからいろんな単一畑のワインを買うと、味を覚えきれないというので、シャルドネならこれ、ピノならこれ、というように簡単化して買い求められた。それをケースで買うから、一つのワインについて、かなり飲み込んで味を知り尽くしていられると思う。

ワイン誌の点数とか、土壌がどうの、偉い先生がどいう風にコメントしたかとか、彼は関心がない。自分がおいしい、自宅で食べる食事にマッチして楽しく飲めるか、ワイン好きのお客さんがいらしたときには、こんなのがいいとか、現実的な場面を考えて選んでいらっしゃる。

在庫が無くなったワインは、二人でよく飲むワイン、お客さんに人気のワインだ。そのワインはまた買って帰られる。さらに一つか二つ新しいワイナリーのものもチャレンジされる。

いわゆる高級ワインを日常的に楽しんでいられるので、味はわかる。新しいワインを紹介させていただくときに、こういう意図で造られたワインですと説明すると、ピンと理解される。

いろんなワイン愛好家がいられるけれど、ワインを本当にた楽しんでいらっしゃる方にお会いすると本当に嬉しい。

お互いに元気で、いつまでも一緒にワイン選びを続けていけますように!

 
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ユニペロ・セラ神父列聖に不賛同

フランシス ローマ教皇の初訪米は様々な行事をこなし、多くのアメリカ人を魅了して無事バチカンに帰りました。

行事の一つとしてワシントンDCの大聖堂で歴史的なミサが行われ、このミサの中でユニペロ・セラー神父が聖人として認められました。

ユニペロ・セラ神父はカリフォルニア(ソノマも含めて)ワイン産業に取って、歴史上、重要な人物です。カリフォルニアのワイン産業の誕生はフランシスコ会修道士であった、ユニペロ・セラ神父がサンディエゴに新しく建てた伝道所にブドウを植えた1769年とされています。

植えたブドウはクリオーラ種で、伝道師(ミッショナリー)がサクラメントに使ったことからミッションという名がついたと言われています。このミッション種は北アメリカ初のヴィティス・ヴィニフェラです。

ミッション種は温暖で乾燥したカリフォルニアの気候にマッチして、特に南カリフォルニアで大いに栽培され、ワインビジネスも繁盛したのですが、ワインの質は今ひとつで、やがてもっと質の良いワインが生まれる他の品種に取って替わられてしまいました。

この時代の穂木から引き続き栽培されてきたとされるミッション種がソノマのプラザからちょっと外れたところにあるセバスチャーにという大きな古いワイナリーの畑に一本だけ、まだ残っています。

            

ユニペロ・セラ神父は1700年代に伝道所設立のシステムを作り、21カ所に建てられた伝道所のうちの9カ所を管理しました。

1769年から1863年にかけて南はサンディエゴから、徐々に北上して、ソノマのダウン・タウンに最北端の伝道所「サンフランシスコ・デ•ソラノ」が建てられて終了しています。

この神父の功績が認められて、聖人となったのですから、カリフォルの人々は感動しました。ローマ教皇がアメリカの地でのミサで初めてカリフォルニアに居住していた神父を聖人として認めたのですから、それだけでも歴史的です。それにエル・カミノ・レアル(ユネスコの世界遺産に申請しようという動きもあります)と呼ばれる21のミッション(伝道所)を回ってみようかという人たちも出てくるだろうから、観光地として繁盛する可能性もありですよね。

ここまでは良いことづくめです。でもこのことに複雑な思いを抱く人々が存在します。それはアメリカインディアンの祖先を持つ人々です。平和に暮らしていたインディアンたちは強制的に村から伝道所へと連行されて、キリスト教に改宗することを強制され、奴隷として扱われたり、拷問されたりということが、日常的に起こって、何千人というアメリカインディアンが殺戮されたました。この事実は歴史家によって確認されています。

アメリカインディアン、ポモ族の血が4分の一入っている友人のチャーリーは、インディアンの虐殺や拷問についての話をするときは、普段の温厚な表情が消えて、別人のように険しい表情になります。

インディアンたちの反対の声に対して、フランシス ローマ教皇はキリスト教に改宗することによって救おうとしたと述べたそうですが、インディアンの人々は、キリスト教に改宗しなくても平和に暮らしていたと主張します。

何年間も語られなかったユニぺロ・セラ神父の時代のインディアンに対する過酷な取り扱いに新たに光を当てられたこと、新しい世代が知らなかった事実を歴史のひとつとして知ってもらえたことで、インディアンの組織はプラスとし、互いの宗教を尊重しあうことを訴えています。

栄光の陰に暗い部分があるのが、世の常なのかな。

どの宗教でなければ救われないとか、一つの宗教が絶対とかいうのは、とても危険なことで、そのために歴史を見てもたくさんの悲劇が起こっています。

21世紀の今も世界のどこかで残念ながら宗教を理由にした虐殺が起こっています。

各人の宗教を尊重しあうということを、今、私たちは明確に意識しなければならないと思います。

 
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