ソノマの暮らしブログ

カリフォルニア州ソノマに住んで25年。第二の故郷と決めた美しいワインカントリーで、ワインを追いかけて暮らしています。

旱魃が少し解消しました

旱魃が少し解消しました

このところ雨の日が続いています。週末の夜に数度、ナパとソノマの数箇所に洪水警報が出ましたが、大きな被害はなかったようです。

そして今日は久しぶりの快晴。

山々の濃淡の緑色がくっきりとしてます。

マスタードグラスの野原は雨のおかげで、黄金色に輝いて、その見事な美しさに車を止めて写真を撮る人たちで車の列が出来たほどだったと友人が言ってました。

今日、写真を撮りに寄ってみましたが、開花のピークを過ぎているようで、いまひとつ豪華な黄金色に輝いている写真は取れませんでしたが、それでもきれいでした。

昨年は旱魃で干からびていたブドウ畑の土は、今年はエルニーニョのおかげでたっぷりと水分を吸い、色も濃く、丈も高い下草がたっぷりと生えています。

そして2016年のワインが生まれるブドウの可愛い芽が顔を出していました。

ピンクの桃の花と真っ白なイタリアンスモモの花が満開のときに、1週間続けて雨が降ったので、今年は実がほとんど付かないかもしれません。

カリフォルニアの旱魃は、場所によっては解消まではまだ程遠いようですが、ソノマやナパはやや旱魃ということで、旱魃のひどさはある程度解消されたようです。

まだ乾期(4月半ばから5月)まで日にちがあるので、もう少し雨が降ってほしいものです。

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スターバックスのショーンさん

町外れのショッピングセンターの一角にスターバックスがあります。ソノマの中心部にないのは、地元の人がチェーン店が入るのを拒否してるからです。

私も世界展開のチェーン店のコーヒーショップには抵抗があって行ってませんでした。

でも行きつけのカフェが諸々の事情で消えてしまったり、ツーリストがいっぱいで、ゆっくり本を及んだり、物を書いたりする雰囲気じゃなくなってしまったりで、行くところがなくなってしまいました。

で、やむなくスターバックスにちょこちょこ行くようになりました。3時半を過ぎるとひっそりとしていて、音響のいいスピーカーから、結構良い曲がながされていて、落ち着いて読書や物が書けることを発見しました。

ある日、オーダーをするカウンターの前に長い列ができていました。その理由は新しく入った50代中頃くらいと思われる女性がキャッシャーレジスターを担当していて、もたもたとして仕事が遅いためでした。誰も文句を言わず(私はちょっとだけため息をつきましたが)辛抱強く待っていました。

2週間ほどしたら、その彼女は驚くほどに変わっていました。仕事はテキパキ、お客さんの対応もフレンドリーで笑顔なのです。

1ヶ月ほどたったころでしょうか、髪は中途半端な長さで黒っぽい色に染めていて、メイクなしで疲れた表情だった彼女が、髪は明るい茶色に、そしてメークをして明るい表情で働いていました。

よく行く私のオーダーも覚えていて、「いつものですねって」言ってくれるようになりました。

名前を聞いたら、ショーンと教えてくれました。

お客さんと軽いジョークを言いながら対応している彼女がいるとスターバックスもなんとなくアットホームな雰囲気なのです。

どんな事情があって、スターバックスで働くようになったのかはわかりませんが、明るくて自信に満ちた働く女性に変身したショーンさんを見るたびに嬉しくなります。

写真を撮る許可をいただいた日は、床の掃除をしていました。

「もう少し長くいますか?」私のテーブルの側に来たときに聞いたので、

「もうそろそろ家に帰るつもりです}と答えたら、

「じゃあ、あなたの周りの床は拭かないで起きますね。滑ったら困るから」と

本当に親切。

笑顔でカメラに向かって微笑んでくれました。

 
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社会的入院

グアテマラ帰って3日後、母の三回忌と98歳の父に会うために北海道江別の実家へ帰りました。

零下何度という雪で真っ白な実家から、数日前にソノマに戻りました。裏庭の真っ白いスモモの花とピンクのかわいらしい桃の花が迎えてくれました。毎日21度前後というお天気のよさです。

でも私は悲しい気持ちで暮らしています。何も知らされずに実家へ帰ったら、弟が話があるというのです。

33日に今の特別老人ホームから出なければならない。でも行くところがないというのです。

父は「98歳になっていくところがないなんて、情けない。長く生きてもいいことはない」と涙を拭くのを見て、そのとおりで慰めの言葉も出ませんでした。

どうして、こんなことになってしまったのか。

父はややこしいシステムの狭間で落ちこぼれてしまいました。有料老人ホームはどこもあまり空きがありません。探すのが大変なのにもかかわらず、弟夫婦、ケアマネージャー、ホームのマネージャーの三者が、お互いに誰かが手はずを整えているはずだと思い込んでいました。

父が落ち着いた先はいわゆる療養型病床をもつ病院です。社会的入院というそうですが、医療、看護はほとんど必要がないのに、入院するということです。福祉施設の肩代わりを病院がしているのは日本だけだとか。

父は病気でもないのに、なぜ病院なのか、行きたくないと主張したそうです。当然です。98歳という年齢から来る多少の勘違いはありますが、意識はかなりはっきりしています。そんな父が不憫でなりません。

自宅介護も考えましたが、弟との関係、父の衰弱度等から、断念しました。

遠くに住んでいるために、どうにもしてあげられない歯がゆさで、数日間、夢にうなされました。

こういう悩みは、私だけではなく、多くの方たちが面しているのだろうと思います。

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