ソノマの暮らしブログ

カリフォルニア州ソノマに住んで25年。第二の故郷と決めた美しいワインカントリーで、ワインを追いかけて暮らしています。

歯の治療

スープとか熱い物を食べると右の下の歯がきりきりっと傷む日が続いてました。遂に行きつけの歯医者さんへ行ったのが先週。ルートカナル(歯根管)かもしれないからと、Endodontist (歯内治療医)を紹介されました。

診察して意見を聞くだけだと思って、予約日の今日出かけました。

きりっとした歯医者さんが「ハーイ!スティーヴです。ナイス・トゥ・ミート・ユー!」と握手を求めてきます。

冷たい空気をおくったり、主治医の送付してきたレントゲン写真に加えて、さらにレントゲンを撮ったりして、ルートカナル・トリートメント(根管治療)をしたほうがいいと診断しました。

「全然痛くないし、30-40分で治療は終わるから、今からしましょうか?」というのです。

今日は診断だけ、そして治療が必要なら予約日を決めるのだとばかり思っていたので、「えっ、今からですか?もう少し待つのに比べると、治療は早いほうがいいですか?」と少し引き気味の私でした。

「早いほうがいいですよ」ときっぱり。

「じゃあ、今、お願いします」と覚悟を決めました。

 

ルートカナルは歯髄が化膿したり炎症したりしている症状だそうです。歯を切られるんじゃないかと原始的に想像していたけれど、そうじゃなかった。

すでに王冠の治療がされている歯の上から小さな穴を開けてそこから細い器具を入れて、歯髄を除去して、そこに詰め物をして、王冠の少し取り払ったところを埋めてお終い。

レントゲン写真は4枚。骨髄の長さ、底までしっかり詰め物が入っているか、など撮影した写真が、目の前のモニターに即写ります。

麻酔もほとんど痛くないし、シリコン(らしい)からできている薄いマスクを口に当てて、治療する歯だけが上に出ているという状態で、異物が口の中に落ちてこずとても楽。

最近らしいのですが、行きつけの歯医者さんでもそうでしたが、治療中はサングラスを渡されてかけます。

目に機具がぶつかったり、異物が入ったら怖いよなあなんて、ふっと思ったことがあったから、これはいいアイデアだとうれしくなりました。

行きつけのは医者さんもそうですが、この先生も、(前にインプラントという治療をしたときの先生も同じでしたが)治療のひとつひとつのステップを、必ず、今はこれをこういう目的で、こういうことをしますからと説明しながら、時々「アー・ユー・オーケー?」と聞きながら治療してくださいます。

いつ終わるのかなあ、、なんて、思わなくても、後何分で終わりますというようにいってくれるので、緊張感が薄れます。

 

てきぱきと治療が進んで、本当に40分でおわりました。

「時代は変わったものだなあ、、、、ルートカナル!!!と大げさに考えていたけど、まるで虫歯治療と同じじゃない。」と感心してしまいました。

 

そしてそして、、値段の高いこと!!!!! 合計1365ドル。

我が家では歯の保険には入ってないのです。入っていても支払いのメリットはちっともないからです。それに一度入った歯の保険会社は破産してしまいました。

そのことを受付の女性に話したら、「それは賢い選択ですね。あなたのご主人は頭がいい」とほめられた次第。

日本の方には信じられない話ですよね。

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1930 ヒット

雪国に老いた父を残して

私がソノマへ帰る日の父の句です。

樹のまわり丸く雪溶け春を告ぐ

日中の気温は2℃、夜は-4℃、昨年の今頃(母の葬儀で帰ってました)よりは雪は少なかったものの、まだ家の周りは雪がいっぱいの札幌から、後ろ髪を惹かれる思いで千歳空港へ行き、3月4日にソノマに戻りました。

ソノマは日中は20℃、夜は10℃。朝起きて、こんなに天気が違っちゃってるところに帰ってきて、いいの?と不思議な気持ちでした。欄の花がきれいに咲いて迎えてくれました。

「今日はお天気がいいからこの花たちを外に出してお水をあげなくちゃね。でも明日にしようかな、疲れてるから」

「毎日がこういう天気だから、明日でも大丈夫だよ」と相棒。

「そうなんだよね、カリフォルニアに帰ってきたんだから」

そしてまだまだ寒い雪国に残してきた年老いた父のことを思い出して、ここに連れてくることができたらいいのに、、、と、またかなわない夢を思い出して、ぼやくのでした。

こういう日が来ることをわかっていて、それでもカリフォルニアまで飛んできた若き日の私。昨年亡くなった母にも淋しい思いをさせてしまいました。

帰郷して親の温かみをいっぱいに感じて、あっという間に帰る日がやってきて、ソノマへ戻る日は、常にこの次に会える日まで元気でいてほしいと祈るような気持ちで飛行機に乗りました。その気持ちが、年月を重ねてますます強くなってきました。

両親の近くに住んで、いつでも世話が出来る方は、現代では少ないかもしれませんね。ソノマでも時々親の車椅子を押して買い物に来ている方を見て、うらやましくなります。

だけれど、それは私の決断。自分で決めて歩んできた人生なので、この哀しみは受け入れなければならないと思っています。

裏庭の桃の花が咲いてます。春が例年よりもちょっと早くやってきたようです。でも雨が降らなくて旱魃が心配です。

 

 

 

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1318 ヒット

キューバ

先日、キューバへ行ってきました。6日間のうち1日だけタバコ栽培、葉巻の産地であるヴィニャレス(ハバナからバスで34時間ほど)へ行きましたが、後はハバナ市内をうろうろ。

ハバナの知人のガイドで旧ハバナ市街へ行ったのですが、乗ったタクシーはソ連時代のものでした。がっくんがっくんしたけど動いてました。

50年代のアメリカ車が轟音と排気ガスを派手に撒いて走っています。新しい車は高いし米車は経済制裁で買えないから、壊れたら直しながら使ってるのです。アメリカとの国交が回復して経済制裁が解けたら、この車を買いたいアメリカ人がたくさんいると思うよ。

 

          

旧ハバナはスペイン所有時代の1617世紀に建てられたもので、1982年にユネスコが世界遺産に指定したため、キューバ政府が復旧。まるでスペインにいるような錯覚を覚えました。

旧ハバナの外に出るとイギリスとスペインが混じった、昔はさぞかし素敵だっただろうなと思わせる建物が並んでいるのですが、痛みが激しくて住めない建物も多くありました。知人が「早く復旧しないと、復旧が出来ない状態になって破壊しなければならない」と哀しそう。

物質不足は明らかでした。ラム以外は(笑)。フルーツとか野菜はスーパーではほとんど見られなくて、道路わきの小さな屋台みたいなところで、古そうなプランティンや未熟そうなトマトなど数種類が少しだけ売られてました。

最初の2日間は高級ホテルに泊まったので、照明がちょっと暗い程度で、後は普通でした。テレビもCNNを見ることができました(笑)。その後は知人のお嬢さんのハバナ大学の向かいにあるアパートを借りたので、庶民の暮らしを垣間見ることが出来ました。

トイレットパーパーが足りなくなったから、スーパーへ買いに行きました。自分で手にとってショッピング用バスケットに入れるという光景は見られなくて、並んでトイレットペーパーをくださいというと、カウンター内のケースに置いてあるのを渡してくれて、その場でお金を払うというシステムです。

電気製品は限られていて、あまり性能はよくなさそう。「政府が税金をたくさんかけるから、すごく高い」と知人。

テレビはCNNが見られないのはもちろんで、それはいいのですが、アンテナをいろんな角度に動かして映像のぼけたのを直すという、昔のままのテレビでした。

カストロが起こした革命で、学費と医療費は無料、医学生が僻地の家庭を訪問、男女平等が実践されて、アメリカと独裁者がコントロールしていた時代より一般庶民は(裕福層は別として)暮らしやすくなったはず。でも今の状態を見ると、、、、。

アメリカとの国交断絶と経済制裁から50年たった今、コンピューターはあまり普及していないし、物質も不足しています。

アメリカからは輸入しなくても中国やヨーロッパの国とは貿易が出来るはず。なのにどうしてこうなってしまったのかなーと、、、、。

でも人々は明るくてフレンドリー、一生懸命に生きています。サルサの音楽があちこちで演奏されてます。音楽部の学生が大聖堂でコンサートのために練習をしていました。

政府は思ったほど言論の自由を制限していないようで、「天気が女心と政府の政策のようにくるくると変わる」とジョークを飛ばしてました。カリフォルニアから来たというと、「一日も早く国交が回復して経済制裁が外れる日を待ってる」と話してました。もちろんそれ以上の深い政治の話はお互いに避けましたが。

共産主義でも社会主義でも資本主義でもいいから、一般庶民が幸せに暮らしてほしいものです。

一日でも早く、キューバの人々が、もう少しだけ物質的に(現代の資本主義国のようにあふれるように物があって、物質至上になる必要はなくて)豊かに暮らせる日が来るといいな。カストロ政権の賢い選択に期待したい。

 

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1439 ヒット