ソノマの暮らしブログ

カリフォルニア州ソノマに住んで25年。第二の故郷と決めた美しいワインカントリーで、ワインを追いかけて暮らしています。

アメリカで離婚するということ

 二人に一人が離婚しているアメリカ。私の数人のアメリカ人の友人も離婚しています。 でも外国人である日本人がアメリカで離婚するといううことは大変なことだろうなあといつも思ってました。サポートしてくれる両親や家族はアメリカに住んでいないし、アメリカで友人に頼るといっても限度があるだろうし、、、。

私はカリフォルニアに来る前は札幌地方裁判所の民事部に所属する速記官とてして勤務してました。数回、離婚訴訟の法廷で速記をしましたが、根本的には資産家が資産の分配をどうするかということで争って、訴訟にも持ち込まれるというものでした。

速記官として法廷に入っていたので、法廷での手続き等がわかるということで、年に2回ほど(全くない年もあります)北カリフォルニアのベイエリアにある裁判所の通訳として呼ばれます。日本人は犯罪を犯すこともほとんどないので、滅多に呼ばれないのですが、日本人が多く住むサンフランシスコだと交通違反、離婚等のケースがよくあるようで、結構声がかかりました。でも朝9時に裁判所に着いていなければならないので、朝のラッシュアワーに2時間かけて車を運転してソノマから通うのがきつくて、数年前から仕事を受けてません。

先月、ソノマから車で1時間ちょっと(高速を走って)の所にある裁判所から午後2時の通訳ということで声がかかりました。離婚裁判に持ち込む前の手続きを助けてしてほしいという日本女性がいて、英語が(特に法律用語)あまり得意でなないので、通訳に来て欲しいと言うことでした。 この時に初めて知ったのですが、裁判所内に事情を聞いて離婚申請書に書き込んでくれて、必要な書類等を教えてくれる無料の相談所があるのです。

共有財産をどうしたいかということが主な問題でした。担当の女性は親切にそして辛抱強くこの女性の話を聞いてました。一番彼女にとってベストの分割案などを提案してくれるのです。 気が動転しているのでしょう。質問に答えずに、あれやこれやと事情を話すのですが、嫌な顔一つ見せずに聞いてました(私の訳を通して)

日本でも最近は離婚するカップルが増えているそうですね。あるサイトによると3カップルのうち1カップルが離婚しているそうです。

日本では離婚するカップルの90%が協議離婚だとのこと。離婚に同意したら、離婚届に二人で署名押印して、保証人二人に署名押印してもらって市役所に離婚届けを持って行く。慰謝料や財産分与などは二人で話し合って決めるということで、手続き上は比較的簡単ですね。 離婚に不同意だったり親権や財産分割などでもめた場合は家庭裁判所で調停してもらって離婚を成立させる、それでも同意できない場合は法廷で争うということになるようです。

アメリカでは州によって法律が違います。私が通訳としてお手伝いしたのはカリフォルニア州の離婚法に基づいた手続きの仕方でした。

日本の協議離婚に近い手続きでも裁判所を通さなければならないので、この女性にとっては大変だと思います。 規定の離婚願書(離婚申請書?)に書き込んで裁判所に届けなければなりません。資産、収入、借金、税金申告書、銀行口座の詳細、生命保険、子供がいる場合は親権等を書き込まなけれなりません。(書類のコピー添付かもしれませんが、、、)共有財産等の分割案に二人が合意しても、それを裁判所に提出して裁判官の認定を受けなければなりません。それが大変なので弁護士を依頼する人も多いようです。弁護士の費用が高いので、弁護士を依頼しないで独自に離婚手続きをする方法がサイトに結構載ってますが、英語が理解できなければ無理です。 そしてなんと裁判所に手続き費用を払わなければなりません、 その離婚申請書に基づいて裁判官が離婚を承認?することによって、離婚が成立します。

担当の女性が必要書類の一つを手に入れる場所の電話番号を調べに席をはずしました。その間、彼女の事情を色々と私に話すのです。

「私何歳に見える?」

「70代前半かな?」

「81歳。若く見えるでしょう」とにっこり。

二人の娘もあてにならないから「一人で生きて行くの」ときっぱり。 そのためには最低の生活費を何としても確保しなければなりません。

「日本に帰らないのですか?」

「帰らない。帰っても誰もいないから」

でも落ち込んでいる様子はありません。

「老人クラブでボランティアでコーヒーを入れたりしてるのよ。父が知恵のある人間になるようにって知という文字を名前に入れてくれたの。だから賢く生きていくわ」  

外国で離婚するということは大変なことです。でもその場面に直面したら、乗り越えていかなければならないのだから、落ち込んでる余裕などないのかもしれませんね。 一人でこれからどうしよう、、、と落ち込んでいる様子は見られません。もうそれを超えたのかもしれません。

外国で一人ぼっちになっても、毅然として生きて行く日本女性を見て何かホッとしました。

続きを読む
13660 ヒット

2017年 を振り返って

 

 

今年もあっという間に終わってしまいました。皆さんの2017年はいかがでしたか?

私は、今まで、年末に1年を振り返ってみるということはあまりしなくて、「この一年はどこへ行ってしまったのだろう。私は何をしたのだろう、、」と、戸惑いを感じて、1年が終わっていたように思います。

なぜか今年は振り返る気持ちになりました。年のせいかな(笑)

両親が亡くなって、寂しいけれど、どうしてるかなといつも気になって、心配していたのですが、もう心配しなくてもいいので、心に余裕ができたのだと思います。

今年も旅行の多い年でした。

1月に父の49日で札幌へ、2月は行ってみたことのない国へ行こうというので選んだルーマニへ、5月は仕事で東京へ、そしてまた6月は仕事で東京、11月は仕事兼休暇でベルリンとニュルンベルグへ、12月は父の一周忌で札幌へ行きました。

今年はみじかな人達に「人生って過酷だな」と思わせることが起こった年でもありました。

夫の弟の長女が26歳で事故で亡くなりました。娘に先立たれて泣き崩れる義理の妹を抱きしめてあげるだけで慰めの言葉もありませんでした。

弟が多系統萎縮症という病気になってしまいました。悲しい目で症状が進行しているのを受け入れている弟を見て、どうしてあげることもできない絶望感を感じています。

親友の50代のカップルの奥様が認知症になって、症状が早い速度で進行していているのにもかかわらず、ご主人は一人で(子供がいません)仕事をしながら面倒を見ています。一人で世話をする大変さを、私は聞いてあげることしかできません。

ソノマとナパで起きた膨大な山火事の被害を受けた人達。家を失った方たちは今年のクリスマスはとっても辛かったと思います。

 

過酷な日々を過ごされている方たちが、写真の青空のようにすっきりした気持ちで過ごせる日が1日でも多くありますように、そしてそんな日が一日も早く訪れますようにと祈るばかりです。

よく言われることですが、明日は何があるかわからない人生です。毎日を充実させて(難しい!)、感謝の心を持って暮らしたいと思います。

心から感謝したい2017年の出来事をあげてみました。

  • 無事に一年を過ごすことができたこと。
  • 11月に夫が腰の手術をしました。手術がうまくいって順調に回復していること。
  • 12月に札幌で高校時代の同窓会に参加することができて、クラスメートに再会できたこと、そして中学時代の憧れの先生にも、この会で再会できたこと、この会の開催準備をしてくれた同級生に感謝。

  • 札幌を離れて30年も経つのに、友人たちが帰るたびに必ず時間を割いて会ってくれること。

最後にこのブログを読んでくださっている方に感謝します。ありがとうございます。

良いお年をお迎えください。

続きを読む
2357 ヒット

アメリカと銃

 このブログを書こうと思ったのはラスベガスでのライフルによる大量殺人事件が発生した時でした。その後テキサスでは教会内に発射、25人を殺害、そして今日は北カリフォルニアで4人が殺されたというニュースが流れています。

多分、日本でも報道されたことと思います。ラスベガスで2万人以上がカントリーミュージックを楽しんでいるコンサート会場に、ホテルの32階から雨のように銃弾を発射、300人以上が負傷、58人が死亡しました。 これまでに何回もこのような事件が起きていますが、ラスベガスでの事件で最も多くの人が殺されました。 大量殺人の定義は4人以上の死亡者が出た場合だそうです。

2012年12月にサンディフックという小学校で20人の児童と6人の大人がマシンガンの襲撃で殺されました。その後、1500件の大量殺人事件が起きて、1715人が死亡、6089人が負傷しているとのことです。 サンディフック小学校で幼い子供達が殺された時には、これでアメリカも銃の規制法ができるだろうと思ったのですが、ナショナルライフルアソシエーション(NRA)から大枚の寄付を受けている政治家たちの反対によって成立しませんでした。この時にオバマ大統領が流した涙と規制法に反対する政治家は恥を知るべきと言ったのを強く記憶しています。

日本は銃の所有(レクレーション用を除いて)は強く規制されています。日本がそうなのだから、先進国の最先端を行く(その昔、そう思ってた)アメリカだから、銃の規制法が当然存在するはずだと、単純に思っていました。そうではなくてアメリカ憲法修正案2条で銃の所有が認められているのです。

アメリカは最も銃による死亡者が多い国です。理由は明らか。銃が容易に手に入るから、銃所有者が多く、銃による死亡者も多いということです。 銃襲撃による大量殺人は大々的に報道されますが、銃による死亡者の多くが自殺だそうです。睡眠薬を大量に服用したり、手首を切るのに比べると確実に死ねるからだそうです。

ハーバード大学の調査によると銃による殺人はカナダの6倍、ドイツの16倍だそうです。銃による殺人なんて滅多にない日本から見たら、信じられない数字です。 幸いなことにカリフォルニアは南部や中西部のように保守的な州に比べたら、厳しい銃規制法があるので、銃による死亡者は比較的少ないです。大量殺人はそれほど発生していません。といっても日本などに比べたら、銃による殺人事件はずうっと多いですが。

昨年の5月にアメリカ中西部を訪れて、銃を所有する人が多いのはなぜかよくわかりました。都市を離れて次の都市へ行くまで、延々とトーモロコシ畑が続いていました。隣の家はずうっと向こうにあります。強盗に襲われた時に、警察に電話しても、遠くて、すぐにはやってこないことは明らかです。こういう環境の中では一軒に一つくらい保身用に銃を持っていたいと思うのは納得できました。

オバマ大統領を中心に民主党の議員たちは銃規制法を成立させようと努力したのですが、共和党議員はもちろんですが、民主党員の中でもガン規制に反対する議員がいました。 何年も前に銃規制法を成立させようとしたことがあったそうです。そのときにこの法律に賛成した民主党議員の多くが選挙で落とされました。NRAが大量に賄賂を振りまいて選挙民を反対に回らせたのでした。ニューヨーク州で以前にクモオ知事が落選覚悟で銃規制法に賛成して、NRAによって落選させられました。今もNRAを恐れて銃規制法に反対する議員たちが(共和党の大多数)銃規制法成立を潰しています。 その言い訳は「オバマ大統領は銃を国民から取り上げようとしている。憲法で保障されている権利を否定するのは憲法違反だ」という建前でした。

オバマ大統領と規制法賛成派の議員たちは銃を取り上げようとしているのではなくて、銃を販売するときには、厳重にバックグラウンドをチェックすること、精神不安定な人には銃を売らないこと、半自動小銃(襲撃用の武器)販売禁止、銃を華々しく宣伝する雑誌にも規制をかけるといった内容だったのですが、反対派は「銃が取り上げられる」と主張して規制法の設立を潰してきました。

1990年代初めから、NRAの会員に所属している一般庶民も含めて、大半のアメリカ市民は購買時の厳重なチェック、襲撃用武器である半自動小銃の販売禁止などについては賛成するとアンケートに答えているにもかかわらず、共和党の政治家たちは規制法成立に反対してきました。

大量殺人に多く使われているのは戦闘用に設計されたセミオートマティック(半自動小銃)ライフルです。この銃を設計した人が「戦場で一瞬にして大量の敵を殺せるように設計されたもので、一般人が使うためのものではない」とインタビューで答えていました。その戦闘用のライフルが、なんとスポーツ用と銘打って許可を取って販売されているのです。お金儲けのためなら人の命も関係ないのでしょうかね。

トランプ大統領はオバマ前大統領が出した「精神不安定な人には銃を売らない」という大統領命令を、さっさと取り消しています。そうです。アメリカでは精神不安定な人物でも銃が買えるのです。そして大量殺人の犯人は、その多くが精神的に不安定な人です。サンデイフック小学校で大量の子供達を殺した犯人は精神的に病気でした。精神的に不安定と漠然と書いてますが、実際には詳細の定義があります。ここではソーシャルセキュリティからお金をもらっている人で財産管理など自己管理ができない人などが含まれているということだけで、詳しいことは省略します。

いつも大量殺人事件が発生すると、銃規制の話をするのは死んだ人に失礼だから、事件直後にその話題を政治化するのはやめたほうがいいという恒例の文句で避けてきてます。

今日も北カリフォルニアで4人が銃で殺されたというニュースが流れています。

銃規制に反対してきた議員たちの手は銃で殺された人たちの血にまみれている、と私は思ってます。 サンディフック小学校がある地区の民主党議員は、銃規制をいつも訴えています。

この声が一日も早く法律となって、ひとりでも銃による犠牲者が減ることを祈るばかりです。

続きを読む
2473 ヒット