ソノマの暮らしブログ

カリフォルニア州ソノマに住んで25年。第二の故郷と決めた美しいワインカントリーで、ワインを追いかけて暮らしています。

テキーラ (1)



グアダラハラへ行った旅の続きです。

エンリケの農場の広大な敷地にはたくさんのテキーラを寝かせる樽が並ぶ貯蔵庫があった。蒸留所はテキーラ市にあって、ここでは今のところ貯蔵だけ。将来的には農場に蒸留所を持ってくるとのこと。農場の丘の上から見える道を挟んで向かいの丘にはエンリケが所有する広大な灰色を混ぜたような緑色のアガヴェの畑が見える。良質なアガヴェを栽培するには傾斜地がいいのだそう。ブドウと同じで栽培する畑の土質、水はけ状態などが大事なのだという。ブドウと違うのは一度収穫すると、お終い。アガヴェの根がテキーラの原料だからだ。また新しく植えなければならないし、数年たったら休耕しなければならない。だからアガヴェ栽培農家になるには広大な畑が必要なのだ。そしてブドウよりさらに極端に栽培過剰、栽培過少を繰り返すので、エンリケは市場を注意深く観察して栽培量を決めるとのこと。

農場での聖餐式を終えてグアダラハラ市へ戻り、翌日、テキーラ生産のメッカ、テキーラ市へ行った。車で約1時間くらい。

小さな素敵な町。市庁の中庭にきれいなブルー形を基調とした壁画があった。テキーラの女神?、アガヴェなどが描かれている。

(続く)

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Communion 聖餐式


エンリケの家族はJaliscoという町の名士。家族の名前が付いた道路があった。お父さんがテキーラの原料であるアガヴェの栽培農家で広大な土地を持っていた。でもブドウと同じで(もしかしてもっと極端かも)高く売れる年、突然に供給過多で叩き売りの年とアップダウンがあって土地はあっても借金も多かった。それを息子のエンリケが売りに出ていたテキーラの蒸留所を買い取ってテキーラの生産も始めた。

広大な敷地にはたくさんの樽が並ぶ貯蔵庫があり、向かいの丘にはエンリケが所有する広大なアガヴェの畑が見える。

面白いのはこの地区では戦う闘牛ならぬ闘鶏?が盛んだということで、闘鶏用の鶏を600羽飼っている。

週日はグアダラハラに住んで子供はカトリックの学校へ通い、週末は農場で過ごす。

多くの従業員(60人と聞いたけれど、これはテキーラ生産に関係する人も入れてだと思う)が家族ぐるみで働いている。子供たちはとてもお行儀が良くて、本当に無心で愛らしいので、私のほほはほころびっぱなし。

聖餐式の前の日に、私たちも農場へ移動。鶏の大合唱の挨拶を受けた。この聖餐式の儀式はエンリケの家族だけのための農場の丘に立っている教会で牧師さんを招いて行われ、その後は200人を招いてのパーティが午後の3時から朝の2時まで。マリアッチのバンドも入って、テキーラ、ビールのがんがん飲んで歌える人は歌ってと楽しいパーティ。

エンリケはお金持ちだけれど、パーティ、教会のお花から料理まで全て従業員と家族で実行。ケータリングは頼まない。子供の教育のためだという。

奥様のマリアエレナは儀式用のドレスに着替える寸前まで、前日からお料理、お花、テーブルと駆け回っていた。

エンリケが総指揮をとり、相棒と友人も野菜を切るのやテーブルとイスをならべるのやら、テーブルクロスをかけるのやら手伝っていた。私はスペイン語が話せないので、役に立たないからもっぱら写真撮り。

料理担当の従業員カップルが3つの大型の銅製の鍋でラードで鶏肉、豚肉、羊肉を4時間煮込んでいた。

トルティヤの中にひき肉を入れて2本の爪楊枝で止めて800個のタコスを作っていた。その作業をエンリケの二人の子供と料理担当のカップルの子供たちが当然のことのように手伝っていた。それをラードで揚げる。そばで写真を撮っていたら、揚げたてを食べさせてくれた。

これを翌日パーティのときに再び揚げて、出すのだ。

素晴らしい経験。メキシコの人たちは家族が大切。一体となって協力し合って暮らしている。祖父母が生きていたころ、家族って、こんな感じだったなあと、懐しかった。

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Guadarajara

グアダラハラに住む知人、エンリケ&マリアエレナ夫妻から息子さん(10歳)とお嬢さん(7歳)のお子さんの聖餐式をするからいらっしゃいという招待。

グアダラハラはテキーラの産地でもある。エンリケはテキーラを生産しているので、テキーラのことを知る良い機会でもあると、いそいそと出かけた。

30年前にグアダラハラへ行ったときは、料理がものすごく辛くて食べるものがなくて、数日で撤退。

今回は近代化された大都市になっていて、涙が出るほど辛いメキシコ料理にはおめにかからなかった。楽しく食べられてご機嫌。グアダラハラのスープは美味しい。ソーパ・デ・トルティラとスペイン語の名前は忘れてしまったけれど、ビーフスープが美味しかった。それにトルティリャもチップスもその日に作るので、フレッシュ。なんともいえない美味しさ。この町のレストランのサービスは高級店もカジュアルなレストランも、素晴らしいので感心した。

もうひとつ、メキシコ人気質なのだろうと思われることに気が付いた。道を聞くと知らなくても知らないとは言えないので、適当な道順を教えてくれる。2人に聞くと違う答えが返ってくる。ホテルのタクシーの手配をしてくれる男性もそうだったので、最初は戸惑ったけれど、慣れたら、なんとなくおかしくなってしまった。

気温はまるでソノマの夏のよう。日中は25度ほど、夜になると10度にぐんと気温がさがる。そして空気は乾燥している。雨が降り続いていた冬のソノマから行ったので、やったね!

交通渋滞はすごい。フィリピンのマニラを思い出した。相棒はレンタカーで回りたいといったのだけれど、アメリカで聞くこの国のニュースは危険、アメリカ人はお金目当ての誘拐のターゲット、よくメキシコへ行く友人も車は借りないほうがいいよと忠告。それでしぶしぶタクシー。でもタクシーも悪くなかった。基本ルールはメーターが付いていてもまず乗る前にどこそこへ行くのだれど、いくらかと料金を聞く。交渉が成立。それにチップをちょっと足す。だからどんなに道が混んでいてもカチッ、カチッとメーターが上がることに気をもむ必要がない。

グアダラハラはドラッグ戦争に巻き込まれていないということで、平穏だった。それにアメリカからのツーリストはこの町には来ないようだ。たいてい海辺とか湖畔にある町に滞在するとのこと。

歴史のある町で中心地に大きな教会、博物館、近代美術館などが並んでいる。

グアダラハラの町には超モダンな地区、洒落た若者たちが集まる地区、貧困地区と、世界の都市と同じようにいろんな地区が存在する。裕福層が足を運ぶ世界のブランド商品が並ぶ高級モールはスペイン語じゃなくて、英語を話すというジョークを耳にした。英語圏からの人が来るからということではなくて、裕福な人たちは英語の教育を受けているということなのだ。

国境を越えて違法にアメリカへやってくるメキシコ人たちとは違って当たり前。この町に住む人たちはそれなりに暮らしていけるから、国境を越える必要がない。知人が属する裕福な階級はアメリカへは仕事か休暇でやってくる。教育も十分に受けられず、生活費を稼ぐことができない人たちが違法に国境を越えるのだ。大都市で仕事をして都会の生活を楽しむスタイリッシュな人たちでこの町は混み合っていた。サンフランシスコよりホームレスの人が少なかった(目に入らなかった)。

この町のサービスに最も感心したのは、朝早くにサンホゼに向かう飛行機に乗るために朝4時にタクシーを頼んだ。きっちりと4時前にきていた。値段の交渉はノープロブレム。タクシーを降りたら、トランクに入れてあった私のスーツケースを取り出して、取っ手をきちんと上げて、それから渡してくれた。次は相棒のも同じようにして、二つあったので、軽いほうを大きなスーツケースの上に乗せて、取っ手を引いてすぐに歩けるようにして手渡してくれたこと。これは今までどの国のタクシーでも経験したことがない。

カリフォルニアでメキシコ人は怠け者という人もいるけれど、この町で働いている人たちからは、そういうことは微塵も感じなかった。

国民性を簡単に決め付けてはいけないことを改めて感じた。

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