ソノマの暮らしブログ

カリフォルニア州ソノマに住んで25年。第二の故郷と決めた美しいワインカントリーで、ワインを追いかけて暮らしています。

センチメンタルジャーニーその6

  

小島に嵐がやってきました。空と海の色の色調の美しいこと。ワインを飲みながら、2重3重でピカピカっと光る稲妻のライトショーを楽しんでいたら、私たちのベッドルームが雨漏り。幸運なことにベッドのど真ん中ではなくて、入り口の床だったので、バケツを置いて、また飲みなおし。

翌朝、雨が止んでいたので、一安心。香港に向かう日なのです。小船に揺られて、飛行場のある島まで何とかたどり着きました。波が少し高かったので、波をかぶって結構濡れました。でも汗のかきっぱなしに慣れているので、濡れても平気。

香港は相変わらず活気に満ちていました。そして数年前よりもずうっと町がきれいになっていました。香港島に渡るフェリーの船着場に行く湾沿いの道は舗装されて散歩道になっていて、大勢の人が夜遅くまで少しでも涼しいところへということなのでしょう、涼んでいました。船からの夜景は相変わらずというか、ますますネオンが輝いて美しかったです。

インポータ-の方たちと中華料理をいただきました。北京ダックは、丸焼きでずばりそのものを、最初に持ってきてくれて見たときは、ちょっと気が引けたけれど、きれいに切られてお皿に盛り付けられて運ばれてきた北京ダックは、今まで食べた中で一番美味しかったです。

その前日に相棒と二人で入った、新しいスタイルの中華料理のレストランでのことです。興味を引かれる食材を使ったメニューが多かったので、それをオーダーしていきました。その極め付けがカモの舌の料理。きれいに切られてお皿に盛られて出てくるものと思っていたら、なんと舌そのものがずらりと並んで出てきました。口当たりはとろりとしていました。驚いたのは軟骨が入っているということです。私はひとつしか食べられませんでしたが、相棒はぺろりと平らげました。

その話をインポーターの方にしたら、「おいしかったでしょう!」とにっこり。なんか同士になった気分。

気温は多分30度を超えていて、湿度も80%はあったと思います。その中を地下鉄に乗って知人がソムリエを務める38階にあるレストランへと向かいました。

立ち並ぶ食べ物屋さんから出てくる、にんにくや酢や濃い醤油の香り、、。香港独特の香りっていってもいいのかな、、。

香港に数度着ているのですが、ペニンスラホテルでのハイティーをまだ体験したことがありませんでした。長い列が出来ていて、いつも時間が無くて諦めていました。今回は待ち時間は15分ほどとのこと。相棒はビールを飲んでもいいのなら付き合うといいます。私もおなか一杯なので、ハイティーのメニューは食べきれないから、紅茶とケーキでもいいかと聞いたら、オーケーというので、ビールとスコーン付きの紅茶セットで、一応、香港のペニンスラで、午後のお茶を楽しむという体験をしました。

今回はちょっと暑すぎ。もう少しすごしやすい季節にまた来たいと思った次第。食べるためだけにでも来る価値ありというのが、相棒のコメントでした。

   

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センチメンタルジャーニーその5


マニラから、プエルト・プリンセサという小島に飛行機で飛びました。飛行時間は1時間半。飛行場からチャーターしたバンで4時間。この運転手さん、ギアで運転するのはこのときが初めてと運転しながら告白。ギアの4から突然1にしたりするので、ぎっしん、ごっしん。相棒とスポッツウッドのジョンが、「あっ、今1にしたらだめ」とか指示を飛ばして走ります。マニラでエアコンがきつすぎて、風邪を引いてしまった身には、ぎっしん、ごっしんで車酔いになりそう。その上、補助イスに座ってしまったので、腰通。

途中で新しくできたという大型スーパーに寄って、小島に滞在中に食べる食料を仕込む。舗装なしの一歩通行の道に入って、またぎっしん、ごつんという車の音を聞きながら走り続けて、ようやく海辺に着きました。そこから小さな船に乗って30分、オーストラリア人が所有しているという島に到着。フィリッピンには何千という島があるそうで、買うことはそんなに難しくないそうです。インターネットなし、電話なし。電気はソーラーで夕方6時から夜の10時まで。10時になるとプッツンと電気が消えました。この家を管理するカップルがお掃除と食事の支度をしてくれるほかは誰もいません。。

美しい海岸を一人占めできるのはすばらしいけれど、、、どういう風に感じたらいいのか、しばし呆然。

浅瀬の海が続いているので、水遊びには最適。きめの細かな砂で、歩くと気持ちがいい。でも暑くて湿度が高いので、海辺を散歩して、止まると汗が噴き出します。

スポッツウッドの長男がくらげに刺されて「痛い、痛い」と大騒ぎ。管理人の奥さんが酢をかけてマッサージ、その後にアロエかな、植物の茎を丁寧に塗ったら痛みが取れたらしく、ぴたりと泣き止みました。

管理人の3人の子供たちは週末だけこに泊まって、終日は学校のある島プエルト・プリンセサで(13歳のお姉ちゃんと11歳のお兄ちゃんと10歳の男の子)3人で暮らしてるそうです。10歳の男の子がスポッツウッドの次男と仲良しになって、くらげ取りに出かけて、3つほど抱えて帰って来ました。ちゃんと腸かな?何かをその場で抜くので、刺されたりしないのです。おうちで刺身で酢と醤油でランチに食べるのだというので、私も食べたいなあと心から思って、そういったのだけれど、誰も信じてくれません。アメリカ人はくらげは食べないし、管理人の奥さんは私がそういうものを食べるというのを全然信じてくれず、ただほほえんでました。

夕食はこの日に獲れたお魚を奥さんが買ってきてくれて、料理してくれます。それをマニラから担いで来たワイン(1ケース)と一緒に楽しみます。

後は昼寝、散歩、読書。くらげが怖いので、海には入らず、ただただ眺めるだけ。残りの人たちはカヌーを漕いで遊んでました。

人生について考えるのに、いい場所だなとは思うものの、あんまりの静けさと蒸し暑さで、ぼんやりしてしまって、何も考えられないで終わってしまっ田次第。ユニークな体験でした。

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センチメンタルジャーニーその4



メンバーは京都に残る人、東京に行く人と別れました。相棒と私とスポッツウッドの一家は、関西空港からフィリピンに飛びました。

マニラはすごい交通渋滞で15分ほどで行けるだろなというところが1時間はかかるので、ただただ忍耐。

マニラは相棒にとってノスタルジックな場所。大学卒業後、世界を放浪、東南アジアにたどり着いて、南太平洋を大型ヨットで巡りました。というと豪華版に聞こえるかもしれないけれど、タイで出会ったアメリカ人の男性がヨットを作ってこの辺りを航海するから、来ないかというので、参加したのだそうです。フィリピン、タイ、香港、シンガポールあたりをお客を乗せて航海して、28歳だった彼が、マニラでよく行ったのがヨットクラブ。このヨットクラブがまだあるならもう一度訪れたいというのが、彼の夢。インポーターがチェックしてくれたら、まだあるということで、行くことになりました。

ホテルからタクシーで約1時間ほど行ったところにありました。タクシーは渋滞の中をクラクションを鳴らしながら、走ります。クラクションを鳴らすにはそれなりのルールがあるらしく、衝突せずに走り続けました。どのタクシーもフロントガラスの前に小さなマリア像が飾ってありました。運転手さんの奥さんは香港にメードとして出稼ぎに行っていて、二入の愛情を保ち続けるのが難しいと嘆いていました。

無事に着いたヨットクラブは、寂れていましたが、スタッフの方たちが歓待してくれました。数人の小さなグループがランチを食べていました。海の見える見晴らしの良い席に案内されて、ビールを飲みながら、フィリッピンの鶏の煮込み料をいただきました。でもその海は汚臭がするのです。残念。

この辺りを少し歩いてみたいという相棒の要望をかなえてあげようと、外へ出たのですが、じりじりと容赦なく肌を焼くひどく強い日差し、、、そして湿度。めまいがしてきて絶えられなくなって、タクシーに飛び乗って、ホテルへ戻った次第。でも懐かしそうでした。

スポッツウッドのインポーターが私たちも招いてくださって、インポーターが所有するプロのバスケットボールのチームのプレイを見てきました。アメリカのカレッジで、そこそこかなというレベルのプレーヤーが2,3人混じって、後はアジア人がメンバー。バスケットボールは良くわからないけれど、テレビで見ているのと比べても、スピードがずいぶんとゆっくりで、シュートが決まらないのはあきらか。スポッツウッドのインポーターのチームは負け。

マニラは危険な土地だと相棒がいっていたけれど、本当のようで、インポーターの車2台で移動しましたが、どちらもボデーガード付き。「拳銃を持ってるの?」って聞いたら、にっと笑ってイエスといいました。誰かが襲ったら逃げていきそうなガードではなく、目線が鋭く、鍛え上げた体のきりっとした男性でした。チーム所有者はこの国ではすごいお金持ちでしょうから、誘拐の対象になりうるものねと、後でみんなで納得。

予断ですが、成田空港でガードのユニフォームを着て立っている方を見ましたが、小太りで年配。のんびりした感じで柱にもたれてました。日本は安全な国。ほっとしました。 

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