過去 50 年にわたって、人工妊娠中絶がアメリカ政治の中心舞台に頻繁に取り上げられてきました。2023 年も同様です。7月12日 に共和党が多数を占めるアイオワ州議会は特別議会で、妊娠約6週間後、ほとんどの女性が妊娠に気づく前に、胎児の心臓活動が検出され次第、中絶を禁止する法案を可決しました。この法律を破ると医師も本人も逮捕されます。
多少の違いはあっても人工妊娠中絶禁止法を可決した州は、ざっとあげても、アラバマ州、アーカンソー州、アイダホ州、ケンタッキー州、ルイジアナ州、ミシシッピー州、ミズリー州、オクラホマ州、南ダコタ州、テネシー州、テキサス州があげられます。これからもさらに人工妊娠中絶禁止法を可決する州が出てくることでしょう。
そして人工妊娠中絶支持派は裁判に訴えます。なぜアメリカでは母体保護が医療機関ではなくて共和党支持派が多い州議会と裁判で決定されるのでしょうか?
最も近い姉妹国であるイギリスやカナダを含む他のほとんどの裕福な国では、中絶は医療問題としてとらえていて、政治の片隅にあっても、中心になることはありません。日本も同じだと思います。
カトリック系の学校での教育を受けた友人は、「宗教が一番の理由」と言います。 でもカナダはカトリック教徒や福音派プロテスタントも多いし、カナダとイギリスにも人工妊娠中絶反対運動が存在します。宗教や世論を超えて、国家機関が重要な役割を果たしていて、人工妊娠中絶は政治ではなくて医療機関が采配を取るという共通の認識があります。
カトリックの説教は「人間は受精した瞬間から人間である、つまり受精卵も人間である」というものです。しかも「生まれていない人間は罪のない人間なのだから 中絶を行なうことは殺人であり、十戒の中の一つ、人間を『殺してはならない』という教えを犯すことになる」とされています。
アメリカではPro Life(プロライフ)、 Pro Choice(プロチョイス)と大きく二つに分けて議論する人が多いです。
人工妊娠中絶擁護派は「プロ・チョイス(選択できることが大事)」、人工妊娠中絶反対派は「プロ・ライフ(胎児の命こそが大事)」と呼ばれ、激しく対立しています。(「プロ」とは、賛成の意味)
Pro Choice(プロチョイス)を自認する人々は、誰もが子供をいつ産むか、産むかどうかを決定する基本的人権を持っていると信じています。 選択に賛成だと言うとき、自分自身は人工妊娠中絶を選ばなかったとしても、予期せぬ妊娠の選択肢として人工妊娠中絶を選択しても問題ないと思っています。
Pro Life(プロライフ)を主張する人たちは、人口妊娠中絶に反対です。プロライフって、人の命(人間)を大切にするっていうことだと思うのですが、実際は、受精卵、胚、または胎児の命を大切にと主張しているだけで、望まない妊娠で生まれた子供の福祉や、出産した女性の人生には、とても冷たいです。 「プロライフ」を自称する多くの人々は死刑を支持し、児童福祉法に反対しています。
アメリカで人工妊娠中絶がこれほどまでに政治的に爆発的になったのは、連邦最高裁判所、強力な民間医療専門家、弱い政党、そして論争が存続して問題が何度も提起される分散型政治(地方分権?)システムが大きな理由とされています。
1973年に連邦最高裁が人工妊娠中絶を「憲法で認められた女性の権利」だとする判断を示したことから、人工妊娠中絶は医療問題ではなくて、憲法問題、政治問題となったのでした。
連邦最高裁が人工妊娠中絶を合憲とした根拠は、プライバシー権を憲法上の権利として認めた合衆国憲法の修正第14条です。
憲法では、人工妊娠中絶について明文化されていないものの、連邦最高裁は女性が中絶するかどうかを決めるのは、個人的な問題を自分の意思で決定するというプライバシー権に含まれると判断しました。
これが判例となり、以後およそ50年にわたって、中絶は憲法で認められた女性の権利だとされてきました。
それが、なぜ20022年から共和党が主権を握る州が、次から次へとそれは厳しい人工妊娠中絶法を可決しするようになったのでしょうか。
アメリカの連邦最高裁の判断は、終身任命された9人の判事の多数決で決まります。連邦最高裁が政治にかかわる案件を判断して、国の政策に大きな影響を与えるという、なんか信じられない機関です。中立派なんていうことはなくなっています。連邦最高裁の保守派とリベラル派の判事の構成比で判決が出されるのです。現在の顔ぶれは、保守派6人、リベラル派3人となっていて、人口妊娠中絶に関しては、保守派が反対、リベラル派が擁護の立場で判決が出されました。
2022年6月24日に、保守派が多数となった連邦最高裁判所が「人工妊娠中絶は憲法で認められた女性の権利だ」とする49年前の判断を覆したのです。「憲法は人工妊娠中絶をする権利を与えていない。49年前の判断は覆される。人工妊娠中絶を規制する権限は市民の手に取り戻されることになる」という判決をしまた。
これは、人工妊娠中絶を規制するかどうかは、憲法上の問題ではなく、それぞれの州の判断に委ねられるということを意味しています。
その判決に従って、現在、共和党が主権を握る州で次々に人工妊娠中絶反対の政策を可決しているというのが現在の状況です。
共和党が主導権を握る州の中年の白人議員(ほとんどが男性)たちが、「どんな状況でも人工妊娠中絶をするのは禁止」という規則を可決していくのです。
英国とカナダでは、準国家レベルの政府はアメリカほど重要ではなく、人工妊娠中絶に関する議論は主に国会に限定されています。一方、アメリカでは、連邦裁判所が人工妊娠中絶法の広範な条件を設定しますが、詳細を決めるのは連邦議会か州議会です。
日本の行政システムは、長い間、霞ヶ関を中心に国が政策を決めて、地方自治体がそれに従い仕事を行う「中央集権型」の体制でした。
英国とカナダでは、党指導者が候補者を選んで選挙運動に資金を提供し、選挙綱領を作成し、ほとんどの法案を発議し、一般議員に投票方法を指示します。 対照的に、アメリカでは州レベルの政党がさまざまな問題を強調(人工妊娠中絶もその一つ)して、個々の候補者や国会議員は、資金提供や団体からの圧力に応じて賛否を決めています。
アメリカの世論は、性的暴行や近親相かん、胎児異常の場合、あるいは女性の健康を守るために人工妊娠中絶をする権利を支持しています。家族の規模、貧困、婚姻状況が問題となる場合には、あまり支持的ではありません。
世論を無視してまでも人工妊娠中絶禁止法を成立させるのはどうしてなのでしょうか。民主主義の国は国民の意思、世論が反映されるべきなのに、世論から離れた人工妊娠中絶法が成立しています。
私見ですが、権力を握りたいキリスト教団体が政治家に圧力をかけます。選挙で勝ちたい議員たちは投票数と資金獲得を目標に、恥もなく非情な法律を受け入れているのが大きな理由じゃないかと思います。
「生まれていない人間は罪のない人間なのだから 中絶を行なうことは殺人であり、十戒の中の一つ、人間を『殺してはならない』という教えを犯すことになる」という教えを誠実に守ろうとしている人たちもいるでしょう。人工妊娠中絶反対の若者たちのインタビューをテレビで見て思ったのですが、この概念はとても分かりやすいです。でももう一歩考えを進めて、人工妊娠中絶をあきらめて、苦しい生活の中で子供を育てていく人たち(特に十代の若い人たち)、性的暴力や近親そうかんが原因で生まれた子供を育てていく母親の気持ちなどを考えてくれたらいいのになあと思います。あくまでも人工妊娠中絶に反対なら、生まれた子供たちに救済の手を差し出す団体などを作ってくれたらいいのにと思います。
人工妊娠中絶禁止の州では様々な悲しい事件が起きています。母体保護のため人工妊娠中絶が必要だと医師が判断したケースも少なくないでしょう。先日、妊娠を維持したら母体危険だから人工妊娠中絶を許可してほしいと裁判に訴えて、人工妊娠中絶が認められたのに、検事はその判決に反対して控訴したというニュースが報道されていました。
金銭的な余裕がある人たちは人工妊娠中絶が合法な州へ行って手術を受けることができますが、貧困層の人たちはできません。貧富の差が人工妊娠中絶問題にも反映しています。
母体保護に基づくはずの人工妊娠中絶が、アメリカではなぜ政治問題になるのか、その理由を知りたいと思って調べました。日本では人工妊娠中絶は母体保護としてとらえられているので、大きな問題になったことはないと思うので、あまり関心がないかもしれませんね。
「アメリカはどうしてこんなに極端な政策を打ち出す国になってしまったのだろうか。アメリカよどこへ行く」と一人でつぶやいてます。
※プレスデモクラットの写真を使わせていただきました