日本女性醸造家 平林園枝さん

Sonoe with tank
2022年のハーベストがほぼ終わりを迎えつつある9月23日、平林園枝さんがワインを造っているワイナリーを訪ねました。ソノマ・コーストにあるSmall Vinesというワイナリーの中で、園枝さんを含む小さな数ワイナリーがワインを造っています。ソノマ・コーストは涼しいはずなのに、この日は日差しが強くて、肌がヒリヒリ。
園枝さんのワイナリーの名前はSix Cloves Wines(シックス・クローヴズ・ワインズ)
シャルドネとピノ・ノワールに加えて今年はジンファンデルも造っています。

セラー内はまだ仕込み作業をしているワイナリーもあって活気に満ちてました。小型のステンレス発酵タンクが数個並んでます。その発酵タンクの一つに園枝さんのジンファンデルが入っていて、カーボニックマゼレーション中で、彼女はその状態をチェックしてました。
カーボニックマゼレーションは、主に、ボージョレ・ヌーヴォーの生産に用いられる醸造方法で、ブドウを破砕せず、充満する二酸化炭素と一緒にタンクの中で発酵させることで、フレッシュな香りと、渋みが少ないのに濃い色合いを兼ね備えたワインが造られるとされています。

セラーの二つのドアが開けっぱなしになっているのにもかかわらず、私は炭酸ガスを感じて頭痛がしてきました。B.Kosuge Wines(1996年にセインツベリーの醸造責任者でした)のバイロンもこのワイナリーでワインを造っていて、仕込み作業の真っ最中でした。ブドウが入ったボックスをフォークリフトで運んできて除梗破砕機にブドウのボックスを傾けてドーンとブドウを入れる作業を元気いっぱいにこなしています。頭痛は感じないようでした。園枝さんも感じないとのことで、慣れてるんでしょうね。
カーボニックマゼレーションの状態をチェックした後、このワイナリーに所属していて、細かな作業を手伝ってくれる男性にテキパキと指示を出しています。男性はうなづきながら真剣に聞いています。
カーボニックマゼレーションをしようと決めたのは、香りとフレッシュさを引き出すためだとのこと。
「ジンファンデルをカーボニックマゼレーションすることにしたけれども、この決断が当たっているかどうかは、今のところまだわからない」と園恵さん。

ワインを作る過程で醸造家が決断しなければならないことが(昔、某ライターが数えました)百を越えるそうです。
自分で出した決断が当たっていようが間違っていようが、ワインに生じる結果の全てを醸造家は受け入れなければなりません。それも一年に一度しか造ることができないワインです。
小柄な園枝さんですが、まだ男社会のワイン産業界で、男性と対等に一人で様々な決断を出してワインを造っています。そのガッツはすごいです。

まず、ブドウを手に入れるところからチャレンジが始まります。今年は例年通りのピノ・ノワールとシャルドネ種に加えて、ジンファンデル種を手に入れることができました。オーガニック栽培のジンファンデルがあると聞いて、価格交渉をして購買契約をします。そして摘む時期を交渉して決めるのですが、なんせ小さなワイナリーで少量のブドウを購入するのですから、彼女が摘みたい時期にきっちりと摘んでくれるかどうかは保証がありません。
9月11日にレッドウッド・ヴァレーに20年以上ドライファーム(潅水をしない)で栽培をしているブドウ園があって、オーガニック栽培のジンファンデルがあるという情報を得て購入することにしました
ちなみにレッドウッド・ヴァレー(Redwood Valley)はソノマ・カウンティの北に位置するメンドシーノ・カウンティにあって、1997年に American Viticultural Area (AVA)に認定されています。この地区は、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、プティ・シラー、ピノ・ノワール、ジンファンデルの栽培生産地として知られています。

彼女が住むソノマ・カウンティから北へ車で約1時間半(運転の速度は100㎞
以上)ほどかかります。9月17日に摘むことになりました。天気予報によると18日に大雨が降り出すと言うことで、急遽、ブドウを収穫することに決定したものです。諸々の事情で収穫が夕方になってしまい、彼女が家に帰ったのは深夜でした。
傾斜地の畑の上部は糖度が25度ブリックス、レーズン状の粒が目立ちました。傾斜地の下の部分は糖度が21度ブリックス、半々にミックスしたら、全体で糖度が24度ブリックスになりました。
「手に入れたジンファンデルをどう美味しくするか。亜硫酸を入れるかどうか」と悩みます。
「でも亜硫酸を入れても仕上がったワインには残らない量しか入れません」とキッパリ。

Sonoe barrel room

2022年ヴィンテージの熟成中のピノ・ノワールと樽で発酵中のシャルドネが保管されている熟成庫へ行きました。
園恵さんのワインが入っている樽は全部で今年は8樽。

Sonoe Chardonnay

まずは樽で発酵中のシャルドネから。
樽の挿入口?に耳を当てて発酵が終わっているかどうかをチェックしてます。終わりに近づいてるようです。
発酵中に生まれる二酸化炭素(炭酸ガス)のぷくぷくという音を聞いてるのでしょう。
グラスに注いでくださったシャルドネの赤ちゃんは、シトラス系の綺麗な香りにグレープフルーツの味わいと香り、ほろりとした甘みがまだ残っていて美味しいジュースみたいでした。

次にピノ・ノワール。
熟成中のピノ・ノワールは積み上げられた樽の一番上。サンプルをとって試飲させてくださるために、スイスイと積み上げられている樽のてっぺんまで登ります。
75%を全房で発酵しました。。揮発性酸の香りがするというので、先ほどの手伝ってくれてる男性にきっちりと指示してます。それも確固たる態度と少し低めの声の英語で。
でもグラスに入ってる熟成中のピノ・ノワールはベリー香が綺麗です。口に含むと上品な膨らみと明確な酸、少しだけ樽のスパイスを感じました。

「シャルドネはまだ甘みが残ってたよね?熟成庫(樽発酵室?)の温度が低いので、発酵の進行が遅いと思うの。樽を暖かい外に出して、発酵の進行を早めたほうがいいかしら」
サンプルの試飲をして床にある溝に吐き出したのを、ホースから出る水で清浄していた園恵さんが、突然言いました。ここでも彼女は決断しなければなりません。
「カレラのジョシュはずうっとそのまま置いていたよ。シャルドネの意思に任せれば?」
ワインを造ったことのない私の提案(笑)
その後、樽を外に出したかどうかはわかりません。
ワインは全てオーガニックのブドウを自然酵母で発酵しています。

Sonoe with barrels RSZ

園枝さんはニューヨークの商社で働いていたのですが、意を決してデイヴィス校に入って2011年に醸造学科を卒業しました。卒業後、同級生の紹介で2013年にチリのワイナリーで働きました。その後ニュージーランドのワイナリーでワインの生産を体験しています。
ナパのチェッカーボード(Checkerboard)でのインターンをはじめ、デリンガー(Delinger), ゲーリー・ファレル(Gaery Farell), リトライ(Littorai), マサイアソン( Matthiason)等、高級ピノ・ノワールとシャルドネの生産で知られるワイナリーでワイン造りを体験しています。
もし彼女が男性だったら、すでにどこかのワイナリーに採用されて醸造家として働いていることでしょう。あるワイナリーでは「君が男だったら採用するよ」と面と向かって言われたこともあります。残念ながら日本人(小柄)で女性ということがネックになっていることは否定できません。
それならば自分のワインを造ろうと決心。2018年にSix Cloves Wines(シックス・クローヴズ・ワインズ)を立ち上げて自分のワインを造り始めました。今年で4年目になります。「石の上にも3年」ということわざがありますが、ワイナリーとして成功するには3年じゃなくて、10年といわれています。
「もし、園枝さんが手に入れたいと思っていた理想的なブドウが手に入ったら、どんなワインを造るんだろうね」と私。
「プレッシャー!」と園枝さん。
手に入ったブドウをどんなワインに仕上げようか、ブドウと自分が目指すスタイルと、どの線で妥協するのかと思案しながら、一人でコツコツとワインを造り続けています。