No. 33 Date:2008-2-27
ナパ・バレーの2つの宮殿
ヨーロッパのワイン産地を訪れたとき、ワインはもちろんだけれど、何世紀も前に建てられた豪華なシャトーや、質素ながら威厳と歴史を感じさせるシャトーに足を踏み入れるときに、未知の世界に入り込むような気持ちの高揚を感じる。ではカリフォルニアのナパのワイナリーを訪れたときには、どんな気持ちになるのだろうか。現代的で開放的なデザインのワイナリーから、カリフォルニアらしい朗らかな気持ちになるのだろう、と思っていた。一般的には当たっているのだけれど、時には「えっ?こういうワイナリーがナパにあるの?」と思わせるデザインのワイナリーもある。そういう気持ちを代表する2つのワイナリーに行って見た。一つは宮殿、ひとつは中世の城(要塞といったほうが正しいのかもしれない)。
ダリオーシュ(Darioush)
ナパ・バレーのシルベラード・トレイルを北に向かって車を走らせると、右側に彫刻が施された7,8本の柱が並んでいる変わった建物が目に入る。興味をそそられて立ち寄ると、ペルシャの宮殿のような建物に、度肝を抜かれる。一瞬、「ここはもしかしてラスベガス?」なんて思ってしまう。でもここはワイナリーなのだ。
なぜ、ワイナリーがこういう派手な建物なのだろうか。アメリカでビジネスに成功したオーナーが祖国を偲んで建てたのだろうか。それともワインカントリーにやってくるツーリストのメッカになることを狙って建てたものなのだろうか。多分、その両方なのだろう。観光シーズンになるとテイスティングルームはツーリストで一杯だ。
地区はスタグスリープ地区にもオークノル地区にも属さないということだった。だからワイナリーがある地区のアペラシオンはナパ・バレー。
ワイナリーの建物は一般的にそこで生産しているワインのイメージを象徴している(ことになっている?)高級ワインを生産するワイナリーは良質な建材を使ってやや地味なセンスの良い建物を、カジュアルワインを造るワイナリーは明るくて大きめの建物、テイスティングルームは広々としていて、いろんなワイングッズも売っているという風に思っていた。
その線に沿って考えると、このワイナリーは、「ワインの質はそこそこだけど、建物やテイスティングのインテリアデザインは印象的でしょう」というイメージを発信していると感じた。
オーナーのダリオーシュ・カレディ氏はイランで育った。1970年代に南カリフォルニアへ移住、義理の兄とともにロサンゼルスのスーパーを買い、30年後の現在、1500人の従業員を抱えるアメリカで個人所有の最大スーパーに成功させている。
長年のワインコレクターから、ワイナリーのオーナーへと夢を膨らませ、2004年にワイナリーの設立を実現。95エーカーの自社畑を所有、ボルドー系赤ワインの生産に力を入れている。
このワイナリーが建てられたばかりのころにリリースされたワインは、過熟ブドウから造られた高アルコール度でこってりタイプ、当時のトレンディなスタイルのワインで、質はすごく高いということではなかったけれど、決して悪いワインではなかった。建物から受けるイメージとは違って、品質の良いワインを造ろうとしているのかなという感想を持っていた。
1月中ごろに、友人とぶらっと立ち寄ってみた。ホリデーシーズンが終わり、しとしとと雨が降る週日だったから、テイスティングルームは数人ほどしかいなくて、静かにゆっくりと試飲ができた。ペルシャと現代アメリカのデザインを組み合わせた、なかなかいい雰囲気。
地下のチーズとワインのマッチングのセミナーを開催している部屋や、樽熟成庫にも案内してくれた。ドア、テイスティングルームの家具、(トイレも含む)等、細心の注意を払ってデザインされている。ちょっとやり過ぎ?という感じがしないわけではないけれど。「ワインは特別な飲み物、私も特別」と思っているツーリストに絶対に受けるよね。ワインお宅ではなくて、ワインはそこそこに好き、ナパの華やかでちょっと豪華な雰囲気を楽しみながら、ワインも美味しいところを探している人にぴったりのワイナリー。
でも建物から感じていたイメージより、なかなかいいワインを造ってるなというのが感想。
2006年シグネチャー・シャルドネ(Signature Chardonnay)
トロピカル・フルーツ、ミネラル、少しのオークの香り(トーンダウンされている)口当たりは滑らか。飲みやすいワインだけれど、41ドルを出して買うかな?オークノル地区にある自社畑、アミリー(33エーカー)のブドウを使用。($41)
2005年 シグネチャー・ピノ・ノワール(Signature Pinot Noir)
色の濃いピノ・ノワール。なめし皮の香り。酸が利いていながら熟したベリーの風味。コクがある。ややシャープな酸味の長いフィニッシュ。原料ブドウはロシアン・リヴァー・ヴァレーから購入している。($48)
2005 ドゥエル(Duel)
カシスの香り。口当たりは滑らかで程よいフルーツ、心地よいフィニッシュ。カベルネ・ソーヴィニヨン(60%)とシラーズ(40%)のブレンド。カレディ氏の息子のアイデアで造られたワインとのこと。息子はロサンゼルスで良く知られている(そうだ)男性向けの雑誌Meanの出版者だとのことだった。このワインは重すぎず、軽すぎず美味しかった。お勧め。($42)
2005年 シグネチャー・メルロー(Signature Merlot)
ナパらしい華やかな香りのメルローだ。カシスにほんの少しのアニスの香りがアクセントになっている。程よい甘味のフルーツに酸味が続く。ワイナリーが設立された当時のスタイルから比べるとスタイルを変えたようで、しなやかなワインになっている。メルロー(96%)にカベルネ・フラン(4%)がブレンドされている。お勧め。($48)
2005 シグネチャー・カベルネ・ソーヴィニヨン(Signature Cabernet Sauvignon)
ボルドーブレンド。カシスの深い香りと醤油。しなやか。飲むやすくて美味しいけれど、80ドル出すのだと、期待したい深みに欠けるかも。($80)
カステヨ・デ・アマロサ(Castello di Amarosa)
昨年末に、長い行列に入って、30分もほど待って(ここはディズニーランドかと内心ぼやきながら)ゴンドラに乗って、白い修道院風の建物で知られるスターリング・ワイナリーへ行った。ゴンドラの中から29号線を超えた向こう側の山の中腹に、レンガ色をした巨大な建物が目に入った。「あれは何だろう。結婚式用の会場かホテルだな、個人の住宅ということはないよね」と想像していた。後で、ナパ・バレーにあるワイナリー、サツイのオーナーが建てたシャトーだと聞いて、面白いことを考える人だなと思った。
2月初め、ナパ・バレーにあるイタリアの中世の城へ行ってみようと、マスタードグラスが咲き誇る29号線のブドウ畑を眺めながら、バレーのほぼ北端まで車を走らせた。
29号線を左折、丘へ向かって車を走らせる。レンガで作られた門を通過、駐車場から城(要塞?)を眺める。ナパ・バレーにどうしてこういうものが建つのだろう。突然、イタリアの中世時代に引き戻された感じだ。城に続く歩道は摩滅したレンガが埋められた平らじゃなくて歩きにくいイタリアの道なのだ。オリーブの木が植えられているのだけれど、この木までなんと幹がこぶだらけの樹齢のいった木々なのだった。ここで育った木ではなくて、明らかに最近植えられた木だ。
堀(偶然か意図的かはわからないけれど、堀の水はカリフォルニアらしくなく、どんよりとモスグリーン色に濁っている)を渡る木橋も古くて、敵が襲ってきたら、橋をあげて門が閉まるようになっている。最初のころはニヤニヤしながらあちこちきょろきょろしていたのだけれど、門をくぐって中に入ると、中世の城の小路に迷い込んでしまった不気味な気持ち。案内の男性までなんだか不気味に見えて緊張して、冷やかし半分でやってきたはずなのに、思わず名刺を渡した。薄暗い窓の小さな受付の部屋に通されて、1時間30分ほどかかるツアーに入るようにいわれて、城(ワイナリー?)の中をしっかりと見せてもらう羽目になった。
サツイのオーナーは、こつこつとお金をためて、この城を建てたのだという。サツイというワイナリーはユニークで、小売店やレストランには卸さず、ワイナリーでだけワインを売っている。ナパ・バレーにワイナリーがあって、芝生にピクニックテーブルが置いてありピクニックが出来る。食べ物を持参して、このワイナリーでワインを買った人だけがピクニックを楽しむことができる。ワインはそれほどいいものじゃないけれど、ピクニックがてらでやってくる家族やグループで、いつも賑わっている。
この中世の城はディズニーランドとは違う。例えばラスベガスのトレビの泉なんかは、真っ白で新しい。でもここの城は全て意図的に中古?の建材を使っているのだ。新しい建材だと、それをわざわざ端を摩滅させて古さを出している。中世時代に建てられ、長い歴史が染み付いているという風に建てられているのだ。蝋燭立てや街燈はイタリアの鍛冶屋にオーダーした手作りだとのこと。
壁中に絵が描かれいる大会議室は、さまざまなイベントに使われている。元ニューヨーク市長ジュリアーノ氏が大統領候補を撤退する前に資金集めにやってきた。民主党代表のナンシー・ペロシさんもここで会議を開いたとのこと。ジョー・モンタナはチャリティ資金集めのパーティをここで開催。
ワイナリーも城の一部になっている。小さな樽熟成庫、カーブ、セラーがたくさんある。ワインはポンプを使って移動するのだが、見えないように壁にパイプが入っていて、各セラーがつながっているという。フォークリフトは数セラーを除いて狭くて使えない。
地下牢に案内されて、どのようにしてこれらの拷問器具を使うかをガイドさんが詳細に説明する。窓がない真っ暗な部屋に小さなキャンドルの形をした灯りが点滅するだけ。ツーリストは盛んに写真を撮っている。ガイドさんが何回も人数を確認している。迷ったら、一人で元に戻るのはちょっと大変だ。実際、年齢70 歳ほどの紳士が、私たちのツアー中に樽熟成庫へ入ってきて、「出口はどこですか?」とたずねていた。
年間生産量は800ケース。赤ワイン用のブドウ品種はこの城の周辺に植えられている。白ワインはアンダーソン・バレー等からブドウを買って生産。
悪いワインではないけれど、値段を考えると、同じ質かそれ以上の質のワインが他のワイナリーで生産されている。でも25ドル払ってツアーをして、ワインのテイスティングをして、買って帰ると、思い出があっていいのだろう。帰りは一般客用のテイスティングルーム、レジを通過して外へ出るように設計されている。同じツアーにいた人たちが列を作ってワインを買っていた。
サツイと同様、ここのワインはワイナリー以外では売っていない。個性的なビジネスをするオーナーであることは確か。話の種に行ってみるのは面白いかもしれない。
2003年ラ・カステラナ( La Castellana)
小粒で酸味がしっかりしている。口当たりが滑らか。美味しいワイン。でも価格だけの価値があるかどうかは、疑問。スーパータスカニー($65)
2006年、レート・ハーベスト、ギヴェルツトラミーナ($27)
甘さが程よく、やや酸味にかけるかなと気もするけれど、楽しく飲める。