No. 28 Date:2007-05-07
Saintsbury セインツ・ベリー
セインツベリーを訪れたのは何年ぶりだろう。1981年にカーネロス地区でこれまでにないスタイルのピノ・ノワールを造って鮮烈なデビューをしたデイ ヴィッド・グレイヴス。 その頃のカリフォルニアのピノ・ノワールといえばカベルネ・ソーヴィニヨンと同じように造ったものがほとんどだった。ところがセインツベリーではきれいな ベリーとチェリーの香りと味わいがある、ピノ・ノワールの個性を表現したワインを造って注目を浴びた。そのころの凛々しい若者から経験を積んだワイナリー のオーナーの顔に変わっている(まあ年を取ったのはお互い様だけれど)デイヴィッドに再会。
セインツベリーは、今、若い層を中心にした新チームを結成し、ワインに磨きをかけている。チームが颯爽とセラーから現れた。本当に若い。こういうふうに ぱっと変えられるところがデイヴィッドとパートナーのディックの賢さなのだろう。 デイヴィッドとディックは1977年にUCデイヴィス校の醸造学修士号取得に通っていて知り合った。ナパ・ヴァレーのワイナリー、ジョセフ・ヘルプスとス タグス・リープ・ワインセラーで働いていたのを辞めて、あまり知られていなかったカーネロス地区で、あまり知られていなかったピノ・ノワールを造るワイナ リーを設立したのだった。新しい風を吹かせた時代からカーネロス地区を見守ってきたデイヴィッドの眼から見て、この地区はどのように変化したのだろうか。
まずオーナーシップが代わって、コーポレーション(株式会社)が所有するところが多くなったという。ざっと例をあげてみると、ディアジオがアケイシアを、 コンステレーションがモンダヴィを、フォーチュンがブエナ・ビスタを買収している。 デイヴィッドいわく、私のようにいつも新しいことを追いかけて書いている人間にとっては、カーネロス地区は新しくないかもしれないが、古いのがサイクルで 新しくなるということもある。カーネロス地区では1980年代からピノ・ノワールを生産している。今、新しい世代がこの地区にやってきて、この地区が持っ ている可能性にエキサイトしていると話す。
また、ほとんどのブドウ畑がフィロキセラの被害を受けたため、植え替えをしたのだが、今、そのブドウが収穫できるようになったことも、この地区のワインに 変化を与えている。もしフィロキセラの被害を被らなかったとしたら、ブドウ樹が老齢になったときに植え替えていくのだから、植替えのテンポはゆっくりだ。 それがフィロキセラのせいで植替えをせざるを得なかった。植替えに莫大な費用がかかったけれど、ブドウ樹を引き抜いた後、過去から学んだ経験を基に、最新 の栽培技術、台木、クローン等様々な調査をして各畑にとってベストと考えられる組み合わせで植えた。それらのブドウ畑から、今、品質の高いブドウが収穫さ れている。 例えば1991年にテイスティングしたカーネロス地区のピノ・ノワールがこの地区のピノ・ノワールだという印象が頭に入っているなら、今回、頭を空っぽに して、カーネロスのピノ・ノワールをテイスティングしてみるべきだ。 ワインは変わっている。プロモーションのありふれたキャッチフレーズみたいだが、「カーネロスのワインを初めて飲むようにもう一度テイスティングして欲し い」と言いたいとデイヴィッド。
2003年に栽培家ランディ・ヘインゼン、2004年にフランス人の醸造家ジェローム・シェリー、2005年にアシスタントの醸造家を採用して、若い世代にワインチームをバトンタッチしている。
「若い世代のワインチームが造るワインはどういう風に変わったの?」
「ワインにフィネスが加わった。チームはブドウ畑の特色と長所を、栽培と醸造の両方でどのように引き出すかを理解している。基本は同じだけど、ワインは リッチになった。でもピノ・ノワールはシラーのような味ではなく、ピノ・ノワールの味がするべきだ。アルコール度が15%、たっぷりのオークにたっぷりの タンニンというのは、ピノ・ノワールではない。」
「ブラウン・ランチのピノ・ノワールはアルコール度が15%になってたんじゃないの?」と昔のように突っ込んだら、
「ノー、14%が最高だよ。シラータイプのピノ・ノワールだと16%なんてのがあるよ。」とデイヴィッドが切り返した。
ブラウン・ランチは1990年に買って、当時としては珍しいディジョンクローン115,667,777を植え、1992年にPOMMARDのクローンでピノ・ノワールを植えている。この畑の名前の入ったピノ・ノワールは、セインツベリーを代表するワインとなっている。 セインツベリーはカーネロス地区の畑のブドウをブレンドしたワインからヴィンヤード・シリーズとして、単一畑のピノ・ノワール生産に変わってきている。その理由を尋ねてみた。
セインツベリーはレギュラーのピノとリザーブのピノを造っていた。しかし法律的にはリザーブという言葉に何の規制もない。あるワイナリーはリザーブと銘 打って小売価格が4ドル99セントなんていうのも出している。そこで長期契約をしている畑のピノ・ノワールを畑ごとにテイスティングをしてみた。このシ リーズの3つのブドウ畑のうち、2つは20年間ブドウを買い続けてきた畑だ。でも単一畑の名前をラベルに記載したからといって、その全てのワインが高い品 質を持つとは限らない。例えば広大な畑のブドウを使った場合、その畑のどの一画かによってブドウの質が違うからだと話す。
カーネロスでピノ・ノワールを造り続けてきたデイヴィッドは栽培農家との長い付き 合いの中で、各ブドウ畑の特質と個性を知り尽くしている。その中から畑を厳選して、畑の名前を記載したピノ・ノワールをヴィンヤードシリーズとして出した のだという確信がさりげなく話す言葉の端々から感じられた。
カリフォルニアのピノ・ノワールにはシラータイプとレースタイプ、そして真ん中のピノ・ノワールがあると思う。セインツベリーはどれを目指しているのかと 聞いたら、ブシェインのマイケルと同じで真ん中と答えた。ブシェインはより軽やかな方へ、セインツベリーはややリッチなタイプへと傾いている。
日ごろ、感じていたことを彼に話してみた。「ブルゴーニュの赤にもリッチなタイプとレースのような華奢なタイプがあるように思うのだけれど、カリフォルニ アではレースのようなピノ・ノワールは栽培条件からみても造ることができないというように考えてもいいのかしら?」
デイヴィッドの答えは間接的であり、そして実際的なものだった。「もしカリフォルニアのピノ・ノワールを飲むことから始まった人にとっては、カリフォルニ アのカベルネ・ソーヴィニヨン、シラー、ジンファンデルはリッチで濃厚すぎて好きではないというだろう。もしカリフォルニアの古いスタイルのワイン,ある いはオレゴンやブルゴーニュのワインを飲むことから始まった人にとっては、カリフォルニアのピノ・ノワールは重過ぎると感じるだろう。要するに認識の差だ と思うよ。」 彼はできるともできないとも言わなかった。でももしできるとしてもアメリカの消費者は買わないかもしれないと読んでいるのではないかと解釈した。だから真 ん中路線で、セインツベリーはややリッチなタイプ、ブシェインは軽やかなタイプのピノ・ノワールを造っているのかもしれない。
4月初旬にカレラのジョシュと日本へ行ったときに、ジョシュがピノ・ノワールの売れ行きがすごい、初めての経験だと話していたが、デイヴィッドもピノ・ノワールはサイドウエイの影響ですごい人気だと言っていた。
ここで醸造責任者のジェロームがやってきて(ハンサム!)一緒にテイスティングをしてくれた。ジェロームはディジョン(ブルゴーニュ大学)でワイン醸造を 学んだフランス人だ。オーストラリアへ行って、それからナパへやってきてワイン造りを体験、セインツベリーへ来る前はリトライにいた。
今回はヴィンヤードシリーズの3つの単一畑名入りのピノ・ノワールとブラウン・ランチをテイスティングさせて頂いた。
2005年スタンリー・ランチ(Stanly Ranch)
ブラックチェリー、ブルーベリー、紅茶。良く熟したフルーツの味わいが出ている。口の中では良く熟したブドウが持つ酸が十分でタンニンはシルキー。長い フィニッシュ。ジューシー。ライプ。マスキリン。味の密度が濃い。こくがありながら、デリケートではないけれど、強すぎず美味しい。2005年はよく熟し た年だという。ブドウ樹は2000年に植えられたものでまだ若い樹だが、しっかりものの樹のようだ。($45)
2005年トヨン・ファーム(Toyon Farm)
ラズベリー、スパイス、エキゾチックで複雑な香りがいい。少し野生の肉の香りがアクセント。口当たりはシルキーで*フィネスが感じられる。フィニッシュに 旨みが感じられる。エレガント。ブラウン・ランチから500メートルほど東で、有名なブドウ畑、ハイド・ヴィンヤードの近くにある。ブドウ樹は2000年 と2001年に植えられている。($45)
2005年 リー・ヴィンヤード(Lee Vineyard)
スパイシー、なめし皮、その後ろにライプなブラックチェリーが感じられる。口の中にクールな感触。ふくよかでしなやか。フルーティないい感じのフィニッ シュ。タンニンがまだ若いので、少しおいておきたい。1967年にブドウ栽培を始めている、カーネロス地区のパイオニア的な栽培農家。セインツベリーは 1982年からここのピノ・ノワールを使っている。($45)
2005年 セリース(Cerise)アンダーソン・ヴァレー)
紅茶、赤いフルーツ。まだ酸がタイト。でもクリーン。エレガント。まだまだ若いので、もう少し置いておきたい。カーネロスのピノとは違った個性が楽しめる。($45)
2005年 ブラウン・ランチ(Brown Ranch)
ライプ、ブラックチェーリー、なめし皮、豊穣な香り。口当たりはオイリーでこくがある。このピノ・ノワールのほうが1スケール大きくバランスがよく取れているけれど、香りと味わいの印象はスタンリー・ランチに似ている。($60)
セインツベリーのピノ・ノワールは押し付けがましくなく、馴染みやすくてプリティで美味しいワインという印象を記憶していた。今回テイスティングさせてい ただいて、基本的には同じ印象なのだけれど、それに深みと気品が加わっていた。 「これでもか!」というフルーツ爆弾のようなシラータイプのピノ・ノワールではなく、静かに飲み手に寄り添ってくれるピノ・ノワールだった。食事と一緒に 飽きずに、楽しめるだろう。テイスティングをした時点では、バランスのいいリッチなピノ・ノワールとしては、ブラウン・ランチが、パワーがありながら可憐 さと優美さをたたえていて、いいと思ったのはトヨン・ファームだった。
「ああ、カーネロスね、セインツベリーね、良く知ってるわ」から離れて、もう一度訪れてみてよかった。
*フィネス:エレガントさとバランスのいいワインというときに使われる。また洗練されて磨かれたワインという意味もある。