No.30 シー・スモーク・セラーズ

No. 30 Date:2007-09-04

シー・スモーク・セラーズ


サンタ・バーバラ・カウンティの小さな町、ロムポックにつながる平日の246号線は車がほとんど走っていない。指示通り細い道路で左折、西へ向かって 走る。待ち合わせ場所として指定された豪華なゲートの前で止まる。ここもリゾートホテルかと思ってしまうほどいろいろな色取りの花が咲き乱れる手入れの行 き届いた広い庭が彫刻をほどこした鉄の門越しに見える。大金持ちがランチ(農場)で馬を飼育しているのだ。鉄の柵の向こうに優美に草を食む馬たちが見え る。

シースモークの山頂にあるブドウ畑へ行くのに、この農場の中を通過していく。遠くまでかすんで見える小高い山 々。息を呑むほどに美しい。でも風がすごく強くて写真を撮ろうとすると手がぶれるほど。最新技術を駆使して開発された丘陵地の健康そうなブドウ畑。小高い 丘が違う方向に傾斜してうねり、ブドウの畝が美しい曲線を描いている。丘の頂上辺りのブドウが植えられていない石ころだらけの箇所に小さなバンガローがあ る。年に一度、オーナーが来て3週間ここで寝泊りするのだそうだ。ホントかな?まあ3週間ならできるかもね。後は世界中にあるどこのリゾートホテルでも、 お望みの場所に宿泊すればいいんだもんね。
サンタ・バーバラ・カウンティのAVA、サンタ・リタ・ヒルズ(前号を参照してください)にある小さなワイナリー、シースモークを訪れた。
ワイナリー(醸造設備)はロムポックの町外れにある地元の醸造家たちがゲットーと呼ぶ倉庫群の中にある。ここにはお金はないけれど、良いワインを造り たいと情熱と才能をもった元ライターだったりウエイターだったりした醸造家たちがブドウを買ってワインを造るセラーが集まっているのだ。
大金持ちのシースモークのワイナリーがここにあるのは興味深い。でもブドウ畑に投資した額は中途半端ではない。豪華なシャトーではなく、山頂にあるユニー クな畑でのブドウ栽培に力を注いでいるポリシーに敬意を表したい。自社ブドウ畑から高級なピノ・ノワールのみを生産している。将来の年間生産量は1万 6000ケースほど。
畑は標高183m、ベンチは107mの高地にある。ブドウ畑は南向きの傾斜地にあり畝の85%は北南にのびている。急勾配の傾斜地に丘陵地の頂上から流れ てきて沖積した箇所にブドウ畑を開墾してあることから、比較的肥沃な土が集まり、表土もあまり浅すぎない。収穫量を低く抑えて、シースモークの個性を持っ たリッチなブドウを収穫している。
ボテラ・クレイ・ローム(Botella clay loam)と呼ばれる粘土質のロームが土っぽい独特のアロマを生み出している。詰まった粘土質が多かった土壌に石を砕いたものを加えたリ、下草を植えたり して、ブドウ栽培に適する土壌に改良した。科学薬品は使用せず、サステイナブル農法で栽培している。
畑は23のブロックに分けている。10のクローンと土壌の条件に合わせて異なる台木を使用。ブドウ樹1本に付く房の数を少なくし、味が凝縮したブドウを収 穫。ここのブドウ樹たちは1年に8回、人の手に触れるという。こまめに手入れをして育てたブドウの個性を良く表現したワイン造りをしている。

オーナーのボブ・デイヴィッド氏はコンピューターゲームの開発で巨額を得ている超富豪。900エーカーの土地(ほぼ小高い山一つ)を買い、1999年に 100エーカーの土地にピノ・ノワールを植えた。海からやってくる霧がまるでスモーク(煙)のようなことからシー・スモーク・ヴィンヤードとネーミング。 高地は霧の上にあるのが普通なのだけれど、ここは高地であるにもかかわらず霧がかかる。でも朝の9時か10時に消える。
シースモークというブドウ畑名でピノ・ノワールを造っているワイナリーが他に一つだけある。フォクセンというワイナリーだ。このワイナリーの醸造家ビル・ ウオセンが、この土地を見つけるのを手伝ってくれたことから、ブドウを売っているのだという(フォクセンのワインについては前号を参照にしてください)。
ピノ・ノワールを植えるのにベストではないという土地にシャルドネを植えている。シャルドネのブドウは100%ブルワー・クリフトン(Brewer- Clifton)に売っている。クラブメンバー用に造ったというシースモークのシャルドネをいただいた。ミネラル、シトラス、ふくよかで程よく熟してい て、飽きの来ない、しっかりコクのある、フルボディのシャルドネだった。
この日案内してくださった、ジェネラルマネージャーのヴィクター・ガレゴス氏は、サンタ・リタ・ヒルズは不思議な地区だという。ピノ・ノワールやシャ ルドネの産地、例えばブルゴーニュー、オレゴンなどは涼しい土地で栽培されている。ここは南カリフォルニア砂漠が近くにある。それなのに涼しくてピノ・ノ ワールやシャルドネの栽培に適している土地なのだからと。最も南に位置しているリージョン1だ。だから日差しが強い。でも涼しい。
*リージョン1: 栽培地区の気温の積算に基づいて5つの気候地区に分けたもの。ドイツ、シャンパーニュ、ブルゴーニュなどがリージョン1に入っている。

サンタ・リタ・ヒルズの特色:
(サンタ・マリア・ヴァレーとの違いをまとめてくれた。)
1. 土に粘土質の土壌がより多い。
2. 新しい地区なのでサンタ・マリア・ヴァレーよりも新世代のクローンを使っている。
3.サンタ・リタ・ヒルズも風が強いけれど、土地に凹凸があるので風が途切れ途切れに吹く。サンタ・マリア・ヴァレーは直接の風を受けて、ブドウがシャットダウンしてしまうことがある。

ワイン:
2005年ボテラ(Botella)
この地区に多く含まれている粘土質の土壌と同じな名前だが、関係はないとのこと。これはエントリーレベルのワイン。紅茶、なめし皮、ダークフルーツ。口当 たりがなめらか。口の中にもダークフルーツ、ダークチェリーの味わいが広がる。しっかりした酸の長いフィニッシュ。糖度が23.5%になった段階で畑を歩 き回ってチェックを続ける。未熟なタンニンが感じられなくなるまで摘むのを待つ。それでも山頂の畑なので、酸は十分にキープされている。土を想わせる香り は梗からではなく、畑から生まれている。このピノ・ノワールの発酵には梗は入れていない。

2005年サウジング(Southing)
香りに深みがある。ダークチェリー、ブルーベリー、口当たりがしなやかでエレガントで深みがある。フルーティで程よい酸味のフィニッシュは強い印象を残す。私はこれが好きだった。

2005年テン(Ten)
10のクローンをブレンドしたもの。明らかにパーカーが大好きと言うに違いないタイプのピノ・ノワール。どちらかというとシラーに近いタイプのピノ・ノ ワールだ。口の中滑らかでオイリー。ライプで味がびっしり詰まっている。熟したフルーツの甘味の長いフィニッシュ。こういうピノ・ノワールはどこでも造れ るというのではなく、このワイナリーが持っている畑だからこそ出来るのだと思う。
ヴィクター・ガレゴス氏は「なぜブルゴーニュのようなピノ・ノワールを造らないのかと聞かれる。一度造ってみたけれど、全然良くなかった。この地でしか造 ることができない、この地で造ることができるベストのピノ・ノワールを造ることにした」という。カリフォルニアのピノ・ノワールがブルゴーニュらしくなけ ればならないということはないはずだよね。
1時間前にオープンしておいて下さったのを飲んだのだけれどまだまだ生き生きしていた。「オープンしたピノ・ノワールはもって帰って飲んでみてください。 このワインは長く待ちますよ」と言って下さったので、車に積んでそのままで持って帰って、2,3日後に飲んでみた。驚いたことに疲れはまるでなくて、もっ と美味しくなっているのだ。程よいパワーとエレガントさ。絶妙なバランス。楽しく美味しく飲めたので、感激してしまった。カリフォルニアの良く出来たピ ノ・ノワールはブルゴーニュと違ってもこれだけ質のいい美味しいワインになるのなら、納得。素晴らしいワイン。ブルゴーニュではない、カリフォルニア、サ ンタ・リタ・ヒルズのワインなのだ。
誤解を承知で言わせてもらえば、ハーランのピノ・ノワール版かなとふと思った。ボディがあって中身が濃いのに、決してどてっと重くない。品格が漂う。アル コール度は高いのにしつこさがない。栽培条件、栽培技術が生み出すワインだ。高地にあること、海からの霧と涼しい風、南向き斜面、粘土質の土壌がこのピ ノ・ノワールを生み出している。
ヴィクター・ガレゴス氏はスペインでMelisというブランド名でワインを造っている。これもなかなかの評判らしい。ユーロが高くてアメリカに持ってきても価格が高すぎると嘆いていた。