No.29 サンタ・バーバラ・カウンティ

No. 29 Date:2007-07-12

サンタ・バーバラ・カウンティ

 ソノマから約5時間、サンタ・マリア・ヴァレーまで州道101号を南下、一人で車を飛ばす。ベイエリアの交通渋滞をやり過ごしてモントレー、サリナス辺りまで来ると野菜産地の景色に変わる。遠くに土でかすむ山が両側にあり、その間の平地一面が野菜畑。労働者が群れとなって農作業をしている。土で景色が茶色っぽい。この空気を吸って暮らしたら肺が土埃でいかれてしまうことはないのかななんてふと考えた。

 ガソリン給油とトイレストップにパソロブレスに入った辺りで小休憩。スターバックスがあったので入ってみた。ソノマではローカルのコーヒーショップをサポートしたいので、ほとんどスターバックスには行かない。でもホームベースを離れてスターバックスに行くと、なぜこのカフェが全世界で成功しているのかよくわかる。ドアを開けると見慣れたインテリアデザイン、エアコンが程よく効いて、しゃれたミュージックがカフェにしては良質な音で流れているので、まずほっとする。さわやかな若い女性がにこやかに対応してくれて、オーダーしたトール・カプチーノはスチームミルクがほとんどでコーヒーの味はあんまりない予想どおりの味で出てきた。そういえばロンドンの地下鉄(チューブ)沿線の駅の近くで入ったスターバックスもちょっと甘すぎるケーキをのぞいてほぼ同じ印象だった。いい音でミュージックが流れていたのも同じだった。

 パソロブレスを過ぎると南洋風の植物に変わってきて、サンタ・バーバラが近いことを感じる。サンタ・マリアの町のホテルに無事に到着。近くのスーパーへ行こうとふらっと店に入ったら、全員がメキシコ人だった。みんながじろじろ私を見ている。「あんたの来るところじゃないでしょ」とはっきり顔に書いてある。意地になって何か買おうと思ったけれど、買いたいものがないので出てきた。他のスーパーへ行ったら白人も混じって買い物をしていたけれど、南カリフォルニアへ来て、州の人口の半分はメキシコ人だということを実感。

 サンタ・バーバラのワインカントリーは美しい。どこのワインカントリーも美しいのだけれど、心が平穏になって、それでいて何かしら心がうきうきするのだ。なんでだろうとカフェでランチを食べながら考えた。太陽がさんさんと輝いているのは北カリフォルニアと同じ。でも南なので日差しはきつい。涼しい風が吹くので暑いと感じない。そう、心地よく吹く海風が、ビーチにいる感覚を与えてくれるというところが違うのだ。潮風なのだ。ナパよりも、もっと広々としている。ワイナリーが隣り合って存在しているところが少ないので、車を走らせる。平日だとローカルの道を走っていると車に出会うことも少ない。
春先のなだらかな丘陵地が緑色の季節はそれはそれはきれいだけれど、初夏に入って丘陵地が黄金色になっていても、それでも心を平穏にしてくれる静けさをたたえた風景。

 数年前に訪れたときと比べると、サイドウエイの映画の抜群な効果でお金がかなり流れ込んだということが伺える。きれいな洒落たワイナリーのテイスティングルームが多く、働く人たちもきびきびとしている。高級ピノ・ノワールは何処のワイナリーでも売り切れで、秋のリリースを待っているという状態だった。
サイドウエイの舞台となったソルヴァングの町にあるヒッチングポストというレストランへ行ってみた。まだ夕方の5時30分ころだったので空いていた。一人なのでカウンターがいいかしらと聞いたら、「テーブルでもいいですよ」とのこと。昔からあるバーベキューをメインにしたレストランだ。量が多く、素朴な料理。6時30分を過ぎるとバーは一杯で立っている人が目立つ。レストランもあっというまに満員。ロビーで待つお客さんが目立つ。「サイドウエイの映画がここへ来させたのよ」とカップルの女性がウエイターに話していた。ツーリストが多い。まだまだ映画の効果が薄れていないことがここでもわかる。

サンタ・バーバラ・カウンティを代表する品種というとピノ・ノワールだ。サンタ・マリア・ヴァレーとサンタ・リタ・ヒルズのピノ・ノワールがいい。でもブルゴーニュの赤ワインとは全く違う。同じ品種ではあっても、カリフォルニアのピノ・ノワールは独自の個性を持っている。それはカリフォルニアのサンタ・バーバラという土地の、気候、栽培条件、風土が生み出したピノ・ノワールなのだ。この地の強い日差しと海風を受けて育ったブドウから造られたものということだ。
よく熟したブドウから造られたタイプのワインに高い点がつくことを意識して造られていることは否定できないけれど、ブルゴーニュの一つのタイプである繊細なレースのようなワインには、この地区では出会わなかった。でも味がびっしり詰まっていて、酸味もきちんとある味わい深いピノ・ノワールが造られている。シースモーク訪問については次回に書く予定だけれど、この地区の素晴らしいピノ・ノワールとはこういうものという一つのモデルのピノ・ノワールに出会った。
カリフォルニアのピノ・ノワールが好きな人はブルゴーニュにすぐに転換することはないだろうし、ブルゴーニュのファンは、カリフォルニアのピノ・ノワールに感激する人は少ないだろう。ブルゴーニュをテキストブックにカリフォルニアのピノ・ノワールを探したり、比較するのはやめたほうがいい。全く別物と思うから。どちらもそれぞれにいいものはいいというオープンなワイン飲みだと、両方楽しめる。
この次にサンタ・バーバラを訪れたら、もっとシラーを味わってみたい。なかなか面白いシラーが造られている。今後が楽しみな品種だ。

 サンタ・バーバラ・カウンティには4つの栽培地区がある。サンタ・マリア・ヴァレーAVA (Santa Maria Valley AVA)、サンタ・イネズ・ヴァレーAVA( Santa Ynez Valley AVA)、サンタ・リタ・ヒルズ AVA (Sta. Rita Hills AVA) チリにあるワイナリー、Santa Rita
から苦情が寄せられたため、Sta. Rita Hillsに変更したもの。この地区にある丘は、今もSanta Rita Hills と書かれている。

サンタ・マリア・ヴァレーAVA(Santa Maria Valley AVA)
海からの強い風がこの地区を涼しくしている。サンタ・マリアのホテルに泊まっていたのだが、朝は霧がかかって寒いほどだった。サンタ・マリアの町は夏の間の87日、深い霧がかかるという。サンタ・マリア・ヴァレーの例えばオーボンクリマへ行く道筋は黄金色の禿山というか小高い丘があって、辺りはイチゴ畑とかで、ワインカントリーのイメージからちょっとはずれる。カンブリアの広大なブドウ畑が見えて、「ああ、ここはワインカントリーだ道に迷ったわけではない」とほっとするという感じ。白っぽい砂地か砂の混じったロームの土壌、年間降雨量は380-508mmと少ないから、イリゲーション(灌水)がなかったら、野菜もイチゴもブドウも育たない土地だろう。
オー・ボン・クリマ(サンタ・イネズの小さな町にテイスティングルームがある)カンブリア、フォクセン、ランチョ・シスコ、バイロンといったワイナリーがある。

サンタ・イネズ・ヴァレーAVA(Santa Ynez Valley AVA)
他の2つのAVAに比べるとやや内陸に位置しているので温かめだ。豪華なもしかしてワイナリーと思ってしまうきれいに手入れされて堂々たる門があるホースランチ(馬を飼っている農場)が点在する。この地区のソーヴィニヨン・ブランは昔から定評がある。今回行ってみて将来性を感じたのはシラーだった。しっかり熟して、味がびっしりなのだけれど、酸味が引き締まっているというタイプのシラーだ。ブランダー、フィードルヘッド・セラーのソーヴィニヨン・ブランがいい。シラーはフォクセンとフェス・パーカー、カーティス。映画にも登場した洒落た小さな町、ロス・オリヴィオスへ行くと、この地区の小さなワイナリーのテイスティングルームが道路沿いに並んでいる。でもシラーがいいというお目当ての小さなワイナリーのテイスティングルー目へ行ったけど、11時30分くらいだったが、だれもいなかった。

サンタ・リタ・ヒルズAVA(Santa Rita Hills AVA)
3つのAVAで一番新しくホットな栽培地区として脚光をあびている。もともとはサンタ・イネズ・ヴァレーに属していたのだけれど、より涼しく土質が異なるということから独立したAVAとして申請して、2001年に認められた。ロムポックという町の近くから州道101号線辺りまでの東西に延びている。この地区を代表するワインは、なんといってもピノ・ノワールだろう。この地区のピノ・ノワールの個性は涼しい海風が吹くこととボテラ・クレイ・ロームと呼ばれる土壌が個性を与えているといわれる。
カリフォルニアでピノ・ノワールは涼しい栽培地が適しているということを理解した時点で、この涼しい土地の山の上にブドウ畑を開発しようかという資本を投資する金持ちが現れた。ブドウ畑の広さの桁が違う。新しい地区なので最新栽培技術を駆使したブドウ畑、さらに新しいクローン(ディジョン・クローン)と台木を使っていることから、この地区のピノ・ノワールの質はかなり高いという結果が出ていることもこの地区が注目される理由の大きな理由の一つだ。
1990年代中ごろまでは3つほどのワイナリーが知られていた。今は246号線沿いに老舗のバブコック、資本をつぎ込んだ新しいワイナリーが建っている。
広大なブドウ畑から大志を抱く若き醸造家たちがブドウを買って、ロムポックの町のはずれの倉庫地帯(ゲットーと呼んでいる)でワインを造っている。シースモーク、ブリューワー・クリフトン、ストルプマンといった高級ワインもこのゲットーで造られている。

サンタ・リタ・ヒルズ246号線沿いのワイナリー
バブコック(Babcock)
1980年に設立されたこの地区のパイオニアワイナリーの一つ。ピノ・ノワールは売り切れ。他のワインをテイスティングしたのだけれど、これといって印象に残るワインがなくて残念。

メルヴィル(Melville)
ロン・ミルヴィル氏と二人の息子で経営。息子の一人が担当しているというサイドビジネスで結婚式もここで挙げることが出来る。二階には宿泊できる部屋があった。醸造家はグレグ・ブリューワー。ワイナリーのテラスにパラソルが木陰を作るピクニックテーブルがあって、カフェみたいだ。年間生産量は1万8000ケース。ピノ・ノワールとシャルドネはリリースになると1-2週間で売り切れるとテイスティングルームの男性が話してくれた。どのワインも良く出来ているけれど、どうしても手に入れたいという造り手のひらめきを感じるワインは少なかった。
シラーは畑が涼しすぎるのだろう。軽くて味が凝縮していなくて残念。スモール・ロット・コレクションとして出している2005年ピノ・ノワール(Terraces)と2005年ピノ・ノワール(Carrie's)は良かった。
サンタ・リタ・ヒルズの特色、なめし皮、ブラックチェリー、程よい酸。でも磨きぬかれたスタイリッシュなピノ・ノワールとは思えなかったのは、まだ若いからかも。どちらも小売価格は$52.

フォリー・エステート(Foley Estates)
サンタ・バーバラ・カウンティ最大の保険会社のCEOでファーストフードのチェーン店、カールズ・ジュニアの株をたくさん持っているというウイリアム・フォリー氏がオーナー。ファンシーな建物と広々としたテイスティングルームとカフェ風のピクニックテーブル。
2005年シャルドネ(Rancho Santa Ros)$30が良かった。この地区のシャルドネに似通っているシトラスの味と香りがある。ここのピノ・ノワールはチェリーキャンディとすっぱいスモモの味がするやや軽めのピノ・ノワールという印象。

*とにかく風が強い。太陽の光は肌がじりじりと焦げるように強いのに、涼しくて強い風が吹いていた。この日はカフェみたいなピクニックテーブルでサンドイッチを広げたら風に吹き飛ばされそうだった。

フォクセン・キャニヨン沿いのワイナリー
曲がりくねった道をのんびり運転。対向車もほとんどない。この道はロックではなくてクラシックのピアノ曲を聴きながら走るのがぴったり。

フォクセン(Foxen)
サイドウエイの映画で掘っ立て小屋のようなテイスティングルームが出てきた。それがこのワイナリーだ。テイスティングルームの人がちょっと消えた隙に自分でワインを注いでがばっと飲むシーンがあって、今思い出しても吹き出してしまう。思わずそうしてみたいと瞬間的に思うことがあるからだ。10時に行ったのだが、もう訪問客で活気に満ちていた。上り調子のエネルギーを感じる。ホットなワイナリーになったことが感じられる。ファンシーなテイスティングルームを建てることはないだろう。だってこの掘っ立て小屋は文化財的な感じだもの。
ワイナリーとしての方向付けがきちんとしている。シャルドネは新しいフレッシュなスタイルに切り替えて、シラーはサンタ・イネズの自宅前の畑のブドウから収穫量を極端に落として、味の凝縮したフルーツの甘味が強すぎないモダンなスタイルのシラーを造っている。シラーは2005年9月にリリースする。畑の名前はWilliamson-Dore Vineyard。オーナー夫妻の家族名を並べて付けたというので、「キュート!」といったら背が高いディックが恥ずかしそうに体をよじって照れた。
エキゾチックでライプで風味が一杯詰まっていてベリーの風味がする印象に強く残るシラーだ。ボルドーブレンド、Alegriaとネーミングしたワインのブドウはサンタ・イネズから手に入れている。ほんの少しのグリーンオリーブをアクセントにした口当たりがしなやかなでタンニンがソフト。ディックが「ブドウはサンタ・イネズ・ヴァレーのハピー・キャイオンという地区のものを使っている。将来性のある新しい地区だよ」と熱っぽく話してくれた。
ここもピノ・ノワールは売り切れ。でもリリースしたばかりのとびっきりのピノ・ノワールをオープンしてくれた。2005年ピノ・ノワール(SeaSmoke)$75だ。本家シースモークのピノ・ノワールと同じブラックチェリーとエキゾチックな香り、スパイスなめし皮、深い香りがする。口当たりは柔らかく酸味がフレームワークを作っていてとてもきちんと造られている。美味しい!

カーティス(Curtis)
この辺りの大手ワイナリー、ファイヤーストーンがローヌ系品種のワインだけを造るために設立したワイナリー。全体的にアロマが少し弱いかなと感じた。でも口当たりが滑らかで飲みやすい良質なワインという印象。価格は決して安くはないけれど、プレミアムワインとしてはリーズナブル。Vogelzang Vineyard($22)とCrossroad($32)のシラーが印象に残った。