Paul Draper
ワイン業界の偉大な醸造家、リッジのポール・ドレーパー氏に数年ぶりにお会いした。
78歳、まだバリバリの現役でワイン造りに励んでいらっしゃる。友人のワインジャーナリストのお宅でのインタビューにやってきたもので、私はディナーに出席させていただいた。
四方山話に花が咲いた。懐かしそうに昔のお話をされていた。愉快なのは、フィリップ・トニーとポールは同じワイナリーに就職しようとしたとのこと。そのワイナリーはポールではなくて、フィリップを採用した。そのおかげでリッジで名を成した今の彼が存在する。
「もしナパに残っていたら、ハーランの醸造家だったかもね」というジョークが飛んで大笑い。
思い出話のひとつ
ある年にマスター・オブ・ワインばかりが参加するイベントがヨーロッパで開かれた。ゲストが好きなワインを2本出して、それを試飲するという場面があったときのこと。イギリスの有名なワインライターであるジャンシス・ロビンソンはドイツワインとリッジのモンテ・ベロを選んだ。
モンテ・ベロを試飲したときにジャンシスが、これは新世界のワインと思うか、旧世界のワインと思うかと、参加者の聞いたら、大半が旧世界のワインといったという。
「旧世界のワインだといわれたことに誇りを感じますか?」と聞いたら、「ボルドーのワインのようだといわれるのは、いやだけれど、旧世界のワインといわれたのは嬉しかった」とおっしゃった。
今流行のナパを代表する過熟気味のブドウから造られたアルコール度数の高いワインは好みではないようだ。
この日参加していた相棒が醸造家を務めていたローレル・グレンも、ナパスタイルのカベルネ生産の流れには乗らなかったワイナリーのひとつ。
ここで二人の意見が一致した。
そういうナパを代表するカベルネにすばらしいのがあること。しかし二人が造るワインのブドウは涼しい高地の畑で栽培されたブドウなので、暖かめのナパで栽培されるカベルネ・ソーヴィニヨンほど、糖度が上がらないこと。糖度が上がるのを待ったとしても、結果的にバランスがくずれていいワインにはならないということだった。
このイベントにワインスペクテーター誌のジェイムズ・ローブル氏も参加していた。彼はサンタ・ルチア・ハイランドの(ワイナリーの名前は忘れたそうです)アルコール度が16%のシラーとマーカシンのピノを持参。得々として説明しているローブル氏に参加者の一人がシラーのアルコール度はどのくらいかと質問。マスター・オブ・ワインのタイトル所持者たちは、そのアルコール度の高さにエーっという声を上げたそうだ。そしてマーカシンのピノ。ポールいわくピノの味はしたけれど、第二次発酵がおこっていたという。このワインはいくらかという質問に$150(多分もっとすると思う)と答えた。またしてもエーっと声があがったという。
このイベントでワインスペクテーター誌の評価が上がったとはいえないねと、私は思った。
「ポールのファインワイン(良いワイン)の定義が時代とともに変わりましたか?」と聞いたら、変わっていないという。常にリッジの自社畑であるモンテ・ベロという畑のブドウから質の良いワインを造ろうと努力を重ねてきたとのこと。その過程で、栽培技術、醸造法に変化があったはずだけれど、その当たりの質問をするのは、ディナーの席なので遠慮した。
この夜はビーフステーキがメイン。
1995年のモンテ・ベロと1999年のローレル・グレンのリザーブ、そして2005年のフィリップ・トーニーがあけられた。
1995年のモンテ・ベロはまだ十分にフルーティさを残しながら、ワインに含まれているさまざまな要素の角が取れて、きめ細かく溶け合っていた。タンニンがまだ少し固いかなという気がしたのだけれど、グラスが空になるころにはそのタンニンもこなれて、素晴らしい余韻を残すワインだった。今風の若いカベルネは、どうだ!という感じで飲み手に向かってくるけれど、このワインは静かに飲み手に問いかけてくるといった風情のあるワインで、ビーフステーキに寄り添う美味しイワインだった。
1999年のローレル・グレンのリザーブは、凝縮度の高い、きめが細かいこくのある味わいと、口当たりがなめらかなワインだった。黒系フルーツにローレル・グレンの畑独特の墨汁を思わせる香りと味わいが個性としてうまく表現されいた。ビーフステーキの脂分を溶かす感じで、お肉、ワインと交互に楽しくいただいた。まだまだ長く熟成できそう。
2004年フィリップ・トーニーは、1995年と1999年の後なので、まだ若過ぎるって思った。もう少し熟成させてから飲んでみたいワインだった。
ポールはインタビューのためにソノマへいらして、12時から飲み始められて、ディナーが終わったのは10時。どのワインもしっかり飲んで(飲み込んで)ビーフステーキもデザートもきれいに平らげていた、
まだまだ健在なカリフォルニアワイン業界のホール・オブ・フェイムでいらっしゃる。