NL.22 エリック・スターンインタビュー

No. 22 Date:2006-04-11

ランドマーク(Landmark)の醸造責任者、 エリック・スターン
インタビュー


いつになっても降り止まない雨続きの3月、ソノマ・ヴァレーの12号線沿いにあるスパニッシュ・ミッション風の瀟洒なワイナリー、ランドマークを訪れた。雨日続きなのに手入れの行き届いた庭に 花がきれいに咲いていた。高級シャルドネの生産でよく知られるワイナリーだが、ピノ・ノワールの評価も着実に上がってきている。高級ワイン生産ワイナリー だと、通常、醸造家が注目の的になる。でもランドマークの醸造責任者であるエリックはほとんど表面に出ることがない。品質の安定した高級ワインを地道に造 り続けているエリックの人となりと、質の安定したワイン造りの秘訣は何かを知りたいというのが、インタビューの目的。

Q,バックグランドを聞かせてください。
幼いころから父がヨーロッパのワインを飲んでいました。私にも飲ませてくれたので、十代からワインに感心を持ちました。ニューヨークで生まれ育ってニュヨークの大学(注:音楽の名門校ジュリアード)へ行きました。ニューヨークにはいろんなワインショップがありますから、世界中のワインを飲んでみる機会があり ます。いろんなスタイルのワイン、世界中のワインに触れることが出来る街に住んでいたので、ワインに対してパッションを持っていたのです。でも20 代後半までワインにちなむ仕事に就くことは考えていませんでした。20代後半にボストンの小さなワイン&チーズワショップで働くことにしたので す。ワインのホールセールもしたし、ケンブリッジにあるレストランでソムリエもしました。この仕事を通してワインについて多くの知識を得ました。1982 か1983年に南カリフォルニアへ越してきて、サンタ・バーバラ・カウンティでいろんな醸造家に会って話しているうちに、私にも出来る仕事ではないかと 思ったのです。彼らの考えに自分がとても近いことを感じたからです。それで大学に戻って醸造を学ぶことを決意したのです。1985年から1987年までフ レスノ大学で醸造を学びました。

Q、そのときには、もう30代だったんじゃないですか?
40代でした。一緒に学んだ学生の父親の年齢でした(笑)。ですから、今、白髪で老けていますが、まだ20年しかワイン生産に関わっていないから、ワイン業界では若いと思っているのですが(最笑)

Q,最初に働いたワイナリーはどこでしたか?
フレスノ大学に在籍していたときに、パートタイムでひと夏だけクオディで働きました。オレンジ、ブラック・マスカットといったデザートワインを造っているワイナリーです。それから1987年にアカシア・ワイナリーでラリー・ブルックスの下で働きました。それはハーベストポションです。アカシアはシャローングループが所有してましたから、その後、同じ傘下のカーマネに移りました。アカシアではシャルドネとピノ・ノワールを生産してますが、カーマネではソーヴィニヨン・ブランとボルドー・ブレンドのワインを造ってましたから、違うワイン造りの経験を積むことができました。それからニューヨークへ戻ってロングアイランドにあるワイナリー、ル・レヴで醸造家のアシスタントとして働きました。そしてカリフォルニアへ戻ってきて再び短期間アカシアで働いた後、1989年にランドマークでアシスタント・ワインメーカーとして採用されたのです。ランドマークがまだウインザーにあったころです。現オーナーがワイナリーを買い取って1990年にケンウッドに移 動したのですが、1993年にランドマークの醸造責任者に昇進しました。

Q,ヘレン・ターリーがコンサルタントになったのは、いつですか?
1993 年です。それは私のアイデアでした。外部の人間が必要だと思ったのです。その当時のワインはあまり良くなかったので、外部の味覚、客観的な意見、方向性を 決めることがプラスになると感じてましたから。その当時、ヘレンはそれほど業界で知られていませんでしたから、ここで才能が発掘されたってわけです。ヘレンと一緒にワイン造りのゴール、ファインワインの大切な要素は何かを考え、このワイナリーでパイオニとして新しいアプローチを見つけました。まず質の良い ブドウ畑を見つけること、シャルドネはホールクラスター(全房)を圧搾すること。シャルドネのスタイルを作り上げる他のキーポイントは自然酵母で発酵させ ることでした。ろ過をせずに瓶詰めすること。究極のゴールは可能な限りナチュラルに造ること。実際、ヘレンと一緒に達成したのは全てシャルドネです。その ころヘレンはピノ・ノワールについてはほとんど経験がありませんでしたから。

Q,ヘレンとエリックでそのゴールに向けて進んでいったということですね。

イエス、13年後の現在、そのゴールに到達したと思います。

Q,現在、多くのシャルドネが、今話されのと同じポイント、醸造法で造られていますよね。
このスタイルが広く受け入れられているということだ思います。シャルドネのベストの生産者たちが、この醸造方法を使っています

Q,シャルドネ醸造方法の残りを説明してくださいますか?
他のエレメントは100%が樽発酵です。ブルゴーニュ産の樽です。それから2週間に一度リーズをかき混ぜます。バトナージュですね。

Q,澱の処理についてはについては2つの考え方があるようですね。ひとつはかき混ぜずにおいておく。もう一つはかき混ぜるというものですが、かき混ぜる理由は何ですか?
かき混ぜると酵母の細胞の分解を早めます。死んだ酵母の中に含まれている酵素と化合物が液体(ワイン)により早く浸入してくるということです。それがワインの口当たりをより滑らかにしてくれます。それから樽の底に残っている少量の生きている酵母がゆっくり残っている酸素を漁るので、ワインの保存になります。 それにマロラクティックバクテリアをワインの中に拡散すことになるので、リンゴ酸を乳酸に変える作用を進行させます。

Q,マロラクティック発酵は自然に起こさせているのですか?
30 ‐40%のマロラクティック発酵は自然に起きています。2週間ごとに樽をかき混ぜることと、バクテリアが入ったワインを補填してバクテリアを育てていま す。2週間ごとに300‐700mlのワインを補填しています。もちろんセラーの湿度、気温、樽の状態によって数字は変わりますが。

Q,ワイン造りの哲学はできる限りナチュラルにということですね。
ミニマリストということです。発酵が進行している過程で侵入するのは避けてナチュラルに造ることです。

Q,ピノ・ノワールを造り始めたのはいつですか?
ヘレンはピノ・ノワールのコンサルタントでもあったんですか? 1994年です。この年はヘレンはワイン生産には関わらずに、どちらかとういうと広報に貢献してくれていました。私はピノ・ノワール造りにとても関心がありました。最初は300‐400ケースという少量だけ生産しました。現在は3000ケース生産しています。

Q,エリックのピノ・ノワール造りの醸造法を説明してください。
ゴールはシャルドネと基本的に同じです。ベストのブドウ畑を見つけること。リッチでピュアーな味わいを持ったピノ・ノワールを可能な限りナチュラルな醸造方法で造ること。ろ過をしないこと。これらがピノノワールを造ることにした最初からのゴールです。

Q,自然酵母で発酵させているのですか。
コンビネーションです。最初は培養酵母を使っていました。それから自然酵母に変えて、最近は再び培養酵母を加えています。最初の7 ‐10日間は培養酵母は加えないようにして自然酵母が作用するように働きかけています。オープントップタンク(開放式発酵タンク?)でコールドソークをし ている期間です。その後に少量の培養酵母を加えています。そして発酵タンクを暖めて、発酵を促します。12‐13℃だったのを15‐18℃まで温度を上げ ます。

Q,コールドソークはオープントップタンクで行うのですよね。

イエス、タンクに温度調節ジャケットが付いていますから、冷凍液を流します。時には球状になったドライアイスも使います。タンクにシャベルで1 杯ほど入れます。マスト(ブドウの皮、果肉、ジュース)を冷やしてくれますから。12℃ほどに温度をキープしてマストが発酵し始めるのを抑えます。この温度で作用する酵母だけが活動し始めます。でもサッカロミケスではありません。6‐8日後にサッカロミケスを加えて、15‐20℃まで温度を上げます

Q,そしてシラーの生産も始めましたね。

2001年からです。ピノ・ノワールとちょっと違う味わいのワインをラインアップに加えたかったのです。ローヌ地区のワインが好きですから。ワイナリーの周辺にある11,5エーカーのブドウ畑は、2007年にシラー、ムルヴェードル、グルナッシュに植え替える予定です。

Q,エリックのワインは今のトレンディなスタイルのワインですか?私には真ん中くらいに思えますが。
典型的なカリフォルニア・スタイルのワインですよ。シャルドネとピノ・ノワールはアルコールが14‐14.7%、シラーは14%なのが興味深いのですが、これは単一畑のせいだと思います。でも十分に熟したいいシラーが出来ています。それとシラーの糖分からアルコールに変わる効率が低いせいもあると思います。高温で発酵するので、アルコールが蒸発していることも関係あると思います。

Q,カリフォルニアのシラーは15%とか16%というのがありますよね。
イエス、でもローヌのワインでも14.5%‐15%というのは珍しくありません。

Q,エリックはなぜ、このスタイルのワインを造るのですか?
気候と手に入る原料であるブドウがスタイルを決めます。ブルゴーニュ・スタイルのワインを造ることはできません。ヨーロッパのワインと同じスタイルのものは 出来ません。カリフォルニアにはカリフォルニアの独自のテロワール、気候、原料としてのブドウの味を反映したスタイルのワインが生まれています。
ヨーロッパのワインと比べると、共通点と違いの両方があります。カリフォルニアのシャルドネとブルゴーニュの白ワインの味の共通点はトロピカルフルーツ、リンゴ、 梨、ネクタリーン、オレンジ、かんきつ類の味です。一般的にブルゴーニュは涼しい気候の中でブドウが育っていますから、ペーハーが低く、酸度が高いです。 それにアルコール度も低いです。毎年、温かく、ブドウがよくライプする年ではありませんから。
一方、カリフォルニアは全ての品種について言えることですが、沿岸に近いカウンティでも太陽が十分なので、もっとライプなフルーツの味わいが出ます。通常、私たちはフランスに比べるとアルコール度が高くなる可能 性がある糖度で摘みます。ブドウの生長期間も似通った年もありますが、一般的にここでは早くに発芽して早くに収穫しています。カリフォルニアは2003 年は暑かったのですが、2005年は涼しい年でした。ですから2003年に比べると2005年のカリフォルニアワインとヨーロッパのワインのスタイルの違 いがドラマチックではないかもしれません。でも今は多くのヨーロッパの醸造家がカリフォルニアへ来て醸造を学んでいますし、カリフォルニアの醸造家もヨー ロッパへ頻繁に出かけます。私も来月、ローヌへ出かけます。ブルゴーニューにも何度も出かけています。それにコミュニケーションの方法も早くなっているし、旅行も簡単になっていますから、
ヨーロッパとカリフォルニアのワイン造りの方法とアイデアの交配(笑)が盛んになっていると思います。ですから高級 ワインの中でインターナショナルなスタイルが出来てきていると思います。伝統的醸造法を守りたいという人々もいると思いますが、アイデアと情報交換が頻繁 になっているし、インターナショナルなワインを楽しむ人が増えてきているし、アメリカは私の十代のころのようにヨーロッパのワインを常に楽しんできましたが、現在、ヨーロッパでもカリフォルニアのワインを飲む機会が増えています。ですから理想的なワインというのがインターナショナルになってきていると思うのです。


Q, おっしゃるとおり、ワイン醸造、アイデアの交換が盛んになってきたし、ワイン生産法の情報は、今や世界中、どこにいても手に入ります。そんな状況の中でこ れが理想的なワインだ、インターナショナルなワインだということになったとき、世界中で同じスタイルのワインを造るようになるのでしょうか?それとも風土、テロワールを反映したワインというのが残るのかしら? 
ランドマークのワインは永遠にランドマークらしいワインとして残るのでしょうか?それともインターナショナルなワインとして世界中のワインと似たワインになっていくのかしら?
うー ん、一定程度は似たスタイルになっていくと思います。でも常に、ユニークで小さなワインを造る生産者が、今のスタイルが交じり合っていく外側に存在すると 思います。ブドウが栽培された土地のユニークさ、説明が難しいほどの微妙なブドウの質を反映したワインが保持できる。それが農副産物の素晴らしいところだ と思うのです。 小さなブドウ畑の特定の一画から生まれるブドウの個性を生かして注意深くワイン造りをする。常にごく少量のユニークな最高級のスペシャルなワインが存在するはずです。

Q,ランドマークでもそういうスペシャルなワインを造る可能性がありますか?
イエス、今年2004年のピノ・ノワールを4樽瓶詰めします。カンズラー(Kanzler)という畑で、私はとても好きです。ブドウ畑が与えてくれた個性を反映したワインにしたいと思って造りました。 シャルドネはロレンゾという畑から300‐500ケースほど造っています。ロレンゾという畑の全体のうちからたった25‐35%だけを使っています。小さな畑なのですが、そのうちの25‐35%だけが豊かな独特の個性を持ったブドウを生み出すのです。

Q,ランドマークのワインは、ヴィンテージの違いは別として、常にスタイルが同じで品質が安定していると、いつ飲んでも感じます。その秘訣は理由は何ですか?
勤勉に仕事をしているだけです(笑)1993 年に決めた哲学、ワイン造りとスタイルを守って、毎年ワインを造っています。多少の変化はあるのですが、ドラマチックに変えることは避けています。毎年品 質の高いワインを造る努力をしていますから、ワイン醸造過程で近道をしたり、経費節約のためにカットしたり、急激に生産量を増やしたりということはしていません。

Q,ランドマークはロレンゾのシャルドネとカスタニアのピノ・ノワールとシラー以外は、いくつかの畑のブドウをブレンドしていますよね。
イエス、それが一定のスタイルを維持するのに役に立っています。長く使っているブドウ畑の中で、ある年、一つのブドウ畑の質が失望するものだったときに、単一畑のワインなら大きな影響が出ますが、いくつかの畑のブドウをブレンドすると、それほど大きな影響が出ません。例えばシャルドネのオーヴァールックは2万ケース生産していますが、一つの畑から20トンを使っている場合、それが3‐4%ほどだとしたら、シャルドネに大きな変化は出ません。

Q,ランドマークの将来は?
ローヌ系品種を植えることです。

ありがとうございました!

後記

とつとつとした話し方。謙虚で地味、誠実な人柄。でもう ちに秘めた情熱がワインに注がれている。日本に従姉妹が住んでいるので、ぜひ行ってみたいと目を輝かすエリックを置いて、奥様は保護地区で働いている友人 を頼ってアフリカへ一人で行くのだそうだ。「ライオンが襲ってきても、僕は妻を助けられないから、僕が行っても行かなくても同じなんだよ」と冗談なのか本 気なのかわからない表情で言う。でも冗談なんだよね。 ローヌ系品種をブレンドしたワイン造りを楽しみにしている様子が伝わってくる。期待したい。そうそう、カスタンヤのピノ・ノワールは2004年が最後のヴィンテージで、もう造らないそうだ。

テイスティング・ノート (2006年3月20日試飲)
2004年シャルドネOverlook $26
トロピカルフルーツの甘い香り。フルーツの美味しい酸。ナイスフィニッシュ。カジュアルでいながらきちんと造られている飲みやすいシャルドネ。フレンチオークの新樽25%。9ヶ月の樽熟成。ソノマ・カウンティ(60%)サンタ・バーバラ(19%)モントレー(21%)22のブドウ畑のシャルドネをブレンド。

2004年シャルドネDamaris Reserve $36
とろみのある口当たり。優しい酸の長いフィニッシュ。上より多少オークの風味が強い。ソノマ・ヴァレーの3つの畑のシャルドネをブレンド。フレンチオークの新樽30%。12ヶ月樽熟成。

2003年シャルドネLorenzo $48
ミネラル、火打ち石、オーク、ナッツ。フルーツ味が上の2つより少ない。抑制の利いたワイン。料理と一緒に楽しめる。ロシアン・リヴア・ヴァレーにある単一畑。

2003年ピノ・ノワールGrand Detour $30

ラズベリー、ハーブ、大人しい感じのピノ・ノワール。ほとんど売り切れとのこと。

2003年ピノ・ノワールKastania $45

上のピノより濃い色。なめし皮、ダークフルーツ、ラズベリー、しっかりした酸味が特色。でも口当たりは優しい。もう少し置いておきたい。華やかさは無いけれど、良く出来たピノ・ノワールの一つのタイプ。

2003 シラーSteel Plow $24
シラー香。涼しい土地のシラー。コーヒー豆、ハーブ、なめし革。堅実タイプで派手さはなくて、ややシンプルなんだけど、食事と一緒に楽しめるシラー。